アラン編み好きにはたまらない本、「世界の伝統ニット2 アイルランド アランセーター」から、バスケット編みのハイネックベストを編んでいます。



後ろ身頃↓





前身頃↓



6月下旬から編んでるんですけど。

ダラダラダラダラ…。

アラン模様を編むのは大好きでこれも楽しくて仕方ないんだけど、いかんせん生まれつき集中力が無い。



気分転換に、溜まり溜まった余り糸でサイチカさんのニットバッグを編んでるんだけど、あまりに出来が悪くて経過はお見せ出来ません。
どうなることやらー。




ていうか、いよいよ仕事が佳境で一日24時間では足りない状況。
今日はまだ帰りの電車の中。
遠いー。
しかも電車遅延中…。
なんなんでしょー。


(ボチボチ)頑張る。

(なるべく)負けない。


終わったら、心身共にメンテナンスしよーっと。
父の新盆です。

母と一緒にお墓にお迎えに行きたかったけど、仕事が佳境過ぎて盆の入りには休めず。
座敷の盆飾りを前に、いつも通りお線香をあげるだけになってしまっていました。

でも、亡くなってから一日たりとも、思い出さない日は無いですね。

わざわざ思い出そうとしなくても、何をしていてもふと父を思い出すきっかけになってしまうという感じ。




父が亡くなった時は、私、自分でも驚いたんですがそれほど涙が出なかったんです。

愛犬が亡くなった時の方がわんわん泣いたな…と思いました。



5年前に父が心筋梗塞を起こした時、しっかりしなくてはという思いと、なんとなく大丈夫という気がして(これで亡くなるなんてことは無いだろうと思った。)、泣きませんでした。
果たして、父は奇跡的に助かりました。



一昨年、父は今度は胃ガンの診断を受けました。
この時は、私もものすごく泣きました。
なんだか、これはいけない、と思ったんです。
既にステージ4の末期がんという診断でしたし。
周りが諦めてはいけない、と思いつつ、なんだか…これはいけないと思ってしまった…。



なのに、亡くなった時はあまり泣かなかったんです。

それで、母が四六時中泣くのを「たまらんわー」と思いながら、時に口に出してしまって喧嘩したりしながら、見ていたんだけど。

この時は私が父の死を受け入れていなかったからだと今年に入って分かりました。


そして、一周忌と新盆を迎え、少し諦めがつきつつも、いやーまだ受け入れていないなと感じます。

なんか、父のことはいつもいつも思い出すけど、居なくなったことは考えないようにしてるんですよねー。無意識に。


まあ、ゆっくりでいいか。



今日彼とお墓参りをし、明日は父をお墓に送りに行きます。

今までは一族のお墓が九州にあったのもあり馴染み無いお盆だったけれど、これからは父の思い出に浸る大切な日として大事に過ごしたいと思います。



お家にいるから、編み物はかどりまくり。
義弟、妹、甥、姪と一緒にプールへ行ってきました。

子供向けのお遊びのプールで遊ぶなんて何年ぶり?
いや、何十年ぶり?


自分のババア体型に愕然としましたが(もう痩せる日なんて来ないと思う…くらい絶望的なるババア体型になっていた)、水の中に入ってしまえば羞恥心も無くなり、すっかり童心に還れました。

甥が一緒で同じ目線で遊ぶもんだから余計だよね。

貴重な体験が出来て感謝!
日焼けもなんだか嬉しい。




クタクタ疲れた体に、中華料理でエネルギー補給。


百香亭っていうお店なんだけど、なに頂いても美味しいの。


それから阿見のアウトレットへ。
物欲があんまり無くて、妹がスカート一着買ったのみだったけど、充実した一日でした。