ukab的アニメ視聴の指標 | ukabのブログ

ukab的アニメ視聴の指標

日本人は〝人の目〟をもの凄く気にする。w「いや俺は私はそうじゃない」と思っていても相手を前にすると慎重に誤解されないようなかなか〝ストレート〟にものを言わない。

ukabもそうかもしれない。知らず知らずのうちにそうなっている可能性がある。

何故か!?

『日本人だから』としか言いようがない。www (^▽^;)

言語である〝日本語〟のせいがあるかもしれない。

いろいろ御託を並べて最後に「そう思う」など結論が最後になる。それもかなり曖昧。w

さらにさらに〝言い訳〟を付け加えたりする。┐(´∀`)┌ヤレヤレ

言い切るのが非常に怖いのだ。

間違えて〝突っ込まれる〟のを恐れる。

「同調・共感してもらいたい!」と人はほぼ思っている。そのために言葉を発するのだがどうも自身に確固たる自信がなかったりする。

ukabの場合は少々吹っ切れたところがあってwww〝発信する側〟と思って感覚的なことを敢えて述べるようにしている。

人がどう思おうが置いといてw とにかく(俺はこう感じた)を言う。知識不足でものの捉え方が偏っていてもそれが現在のukabの感覚。時間や気分・意識が変わるとまた違った感想が後から出てくるかもしれない。

それでいいのだ。

ukabが人の話を聞くときは〝それがその人の全てではない〟と思って聞く。

言葉にするのが苦手な人もいるだろうし__〝心を推し量る〟洞察力が聞き手には必要だと思ってる。

 

多くの人は感じるまま「このアニメが好き!♪」と言おうものなら「へぇ〜お前そういう趣味なんだぁ」と〝あいつはこういう趣味〟と決めつけられる。それが怖いのだ。または大量に作品名を言おうものなら『アニヲタ』とソレしかないように言われる羽目に陥る。orz

烙印を押すのが大好きな人が必ずいる。大体そのような人はスピーカーだから大声で広めてくれる。♪ (いや俺はそれだけじゃないんだ!!)と思ってる人には災難。

ukabのように「ヲタ上等!」と思ってアニメ新旧問わず鑑賞しブログで必ず〝自分の感じたこと〟を書くよう努める野朗もいる。w

『文章を書くこと』をライフワークに定めているから書かねばならぬのだ。

ブログが途切れたら・・・生活上入院か何かあったと思ってくだされ。σ(^_^;)

 

人はナゼ他人のブログを読むのか?・・・自分の感覚と近い人を求めてる。或いは自分が感覚的に思っている事を〝言葉〟にして明確に提示してくれて__それを読んでスッキリしたい!♪ などが主な動機であろうと思うのだ。

 

自分の感じている〝曖昧さ〟を読むことによって〝確信〟に変えたい。

 

 

話は日本のヲタども?のアニメの感想だ。

公的な場所に自分のレビューを書き込む輩(やから)は〝我が強い〟と思っていい。大上段に構え完璧な(と思ってる)評論を滔滔(とうとう)と展開するのだ。異論は認めない勢い。www

それもまぁいいんだけど。ジョークでやってるヤツもいるだろうし。♪

作品を否定して己の立場の方が上のように振る舞う勘違い野郎も少なからずいる。

めんどくさい!(`(エ)´)ノ_彡★ 吠える犬ほど・・・一体何をしたいのだ?

アニメとは『総合芸術』なのだ!! もはや文化なのだ!!

 

「面白いオヌヌメのアニメは?」

アニヲタはよく聞かれるだろうしukabも知りたい。

この回答が怪しい。怪しすぎる!! 本当に好きで推しているのか____?

自分を良く見せようとして高度な内容のアニメを言ってるんじゃね?と感じることが多々あるのだ。w 

今まで制作されたアニメの本数は何万本にも及ぶだろう。

生きてる間に到底全て視聴しきれない。

裏表のある日本人アニヲタ(ukabも含む)のオヌヌメアニメはストレートじゃなくて疲れる。(;´▽`A``

よってukabは外国人アニヲタに活路を見出したのだ!!www

〝推し〟が単純明快でわかりやすい。♪

英語圏の人間であれば結論を先に言ってから〝どうしてか〟を述べている。

見る指標として選択が楽チン。♪

最近はコレで視聴するアニメを決めている。彼らは古いアニメでも良いものは良いとはっきり言うし新旧こだわらないukabにとってもマッチする。

古いアニメはその時代背景も含んでいるから色々な出来事を思い出させてくれる。

中には追ていくのがやっとの作品もあるが極力全話見るようにしている。

自分への〝肥やし〟だ。

いつかわかる日も来るだろう。w

 

さて__次見るアニメは・・・

 

 

では パー

 

 

あ何やかんやで「焼きたて!!ジャぱん」をやっと見終わった。

リアクションアニメであった。。。w σ(^_^;)