文章書くの苦手だった | ukabのブログ

文章書くの苦手だった

いつから書けるようになったのか。

学生時代はぜんぜん書けなかった。


恥ずかしいんですよ。

自分の思ったことを語るのが。

自分の言葉ではないようなことを

いかにも知ったかぶりで綴るのが・・・

「え この言葉?ちょっと俺のキャラと違くね?」みたいな。

先ず、“自分”を考え過ぎてて「若い」んですよ。

あと、文章力とボキャブラリーの貧弱さに絶望する。

「これ人に読んでもらう」=自分がそう見られる。

「もし、自分より知識のある人がコレを読んで

“間違い”を指摘してきたらどうしよう。」とか。

俺の感覚他の人と全然違ってたらどうしよう・・・とか。

言おうとしてた事が書くと違う言葉が出てきて

最初に考えてたのと違う!腹立つからやめた!とか。

恥ずかしい。どう表現していいのか言葉にならない。

あらゆる不安。

『なら、文を書かない』ほうがよっぽど幸せ。♪

つまりこういうことになる。

人のをROMって相手を批判したり、バカにしたり、

「俺と同じ考えだ!」と納得したり、

そうやってるほうが楽チン。

誰か自分のことを代弁してくれる人を探すことばかりしてる。

以前のukabはそうだった。でもやめた。

「どう書いても自分は自分」間違えるのも自分。ヘンなテンションの文も自分。

「文章に正解は無いし正解でもある。」書けば“それ”である。


あんたはあんただよ。ほかの誰でもない。

あなたを表現できるのは“あなた”しかいない。

自分の思ってる自分と他人から見たあなたは確実に違う。

さあどうしよう。

誤解の無いようにしてもらいたければ“自己表現”するしかない。

または誤解してもらおうかな。ワザと。

ヘラヘラ薄ら笑みを浮かべても誰もあんたのことを正しく理解しない。

特に顔の見えないネット上では尚更。


心の中のウソも他人にバレないようにしないといけないし、(だいたい見透かされる)

ちっぽけな気分でも「もの凄い俺は悩んでるんだよ」とアピールしたいし。
(みんなそうだから敢えて突っ込まないし、同調もしたくない。されたくもない。笑)

そんなんだから

言葉で格好つけても逆にカコワルいというのが、おわかりいただけただろうか?

大の字になって「バカヤロー!」と叫んだほうがよっぽど絵になる。

自分のいつも使ってる言葉を使えばいい。

自分を語ることに於いて言葉や文章なんて考えて書いてはいけない。

そのままでオケ♪簡単です。自分をよく見せようなんてするとボロが出る。

これやると「自分ってほんと足りないヤツだなぁ」と再認識できる。

書いたあと消してはいけない。勇気があればブログに晒そう。

「バカだからしゃあないよなぁ~」

そのうちあなたはブログ上で「本音をいうヤツ」で人気者になる。( ´艸`)

社会人になったとき一番気をつけたこと。

「知らない事は知らないと正直に言う。」これでだいぶ楽になった。

「それって美味しいんですかぁ?」知ったかぶりしない。ごまかさない。

ukabは巧妙な仕掛け人かもしれない。

騙されてついうっかり本音載せて取り返しのつかないことになっても「オラ知らん。」

・考えるときの言葉

・喋るときの言葉

・書くときの言葉

絶対一致しません。悩むだけ無駄。最近気がついた。σ(^_^;)

だから思い切ってガンガン書くこと。

違ってたら直せばいいのだから。

言葉とか単語は「道具」なんですよ。自分の感情を表す?無理無理

言葉にならないものを言葉で表現せよと云っても限界がある。

「うどんのようにヘラヘラと笑う」なんていう表現する人もいるし、

うまく表現しようとすれば先ず自分の感覚・感情を客観的に分析して、

詩や短歌、歌詞、文学的表現に昇華させるか

あるいは感覚にまかせて大爆発させるか・・・(出てくる言葉は限られるけど)


なぜ文をダラダラ書くようになったか自分でもナゾ。

「とりあえず書き留めておこう。」が出発点であったような。

閃きなんて空中を漂ってるようなもんだから“定着”させる作業と思ってやりはじめた。

淡くて危うい消えてなくなりそうなアイディアを留めるため。

音楽やってる人もよくやってる。フレーズを忘れないように

メモる人。ボイスレコーダーで録る人。ギターかき鳴らして録音する人。


お絵かきと同じ♪


お絵かきと文章作りが空気をすうのと同じような感覚になればいいのだけど。


では パー