ぱふゅ〜む時代〜 修正追記
Perfumeがデビューに至る映像
perfume デビュー前 広島時代1
perfume デビュー前 広島時代2
※ 内容に正確さを期しました。全ては書けないからukab的ダイジェストです。
既にローカルアイドルとしてやってたけど
んーーー~~ン
ある意味「黒歴史」
東京に来て録音。最初の曲が「OMAJINAI★-ペロリ」
爆風スランプのパッパラー河合氏・・・
感覚がオヤヂ杉た!orz
3人が上京し本格活動に入ると
アミューズも必死に考えて路線変更。
賭けに出た。
『テクノPOPユニット』
ぱふゅ~む → Perfume に変更(のっち不本意┐( ̄ヘ ̄)┌)
起用
作曲・プロデュース:中田ヤスタカ氏
振り付け:MIKIKO先生(広島時代からすべて。3人は水野先生と呼ぶ。)
(ファンはついついMIKIKO先生と言ってしまう。)
2003年
1stシングル「スウィートドーナッツ」リリース
業界内でも“未知の世界”でかなり実験的。
トーク・MCは制限なしで好きに喋ってオケ♪
ヤスタカ氏のところへ最初来たとき「はい!はい!」ばかり言うから
「こいつらホント大丈夫か?」と心配になったらしい・・・
やはり最初はみんな???でぱっとしない。
アキバや錦糸町近くの亀戸 夏の海水浴場でのLIVE等々
ぜんぜん人が集まらない中、懸命に活動してた。
札幌なんか度々やって来てプロモーションしてた。
すすきので深夜通しLIVEでは未成年のため明け方公演
その間、お客にラーメンを作ってた!
電撃ネットワークさん掟ポルシェさんたちと洞爺サンパレスで営業とか。
サッポロファクトリーの広いアトリウムで客が7人とか
4プラでやっても人が素通り
あまりに売れない。
大阪では「名前だけでも憶えていってください」歌い踊ってる前を人が素通り
地元広島で永谷園の幕のような前でやってる映像は・・・悲惨ですよ。

(本人たちに言わせると札幌のほうがショックが大きかったようで)
ヒドいのは誰もいない地下駐車場でプロモーション
(カメラ回ってるとはいえ3人流石に「これはない」と思った)( ̄□ ̄;)( ゚ ▽ ゚ ;)(*_*)
地方のホテルであ~ちゃん号泣で延々語る映像もある。・°・(ノД`)・°・
かしゆかも家族に愚痴ると父が
「お前の考える努力は努力じゃない。もっともっと一生懸命やらないと人から認められんぞ!」
ukab:お父さん…惚れた!(///∇//) お父さんを僕にください!!m(_ _;)m ?
そんな苦境を乗り越えて現在のPerfumeがあるわけで。
アミューズスタッフも諦めていない。熱いです。
さらなる攻勢をかける。
2005年
メジャーデビュー「レトロテクノ」から「近未来型テクノポップユニット」に変更
「リニアモーターガール」リリース
2006年
「コンピューターシティ」これ以降全て作詞作曲ヤスタカ氏
「エレクトロワールド」
上記を通称「近未来3部作」と呼ぶ。
徐々にではあるがYMOテクノ世代が関心を示し出す。
2006年
もうこれで最後か、「コンプリートベスト」を出す。
かしゆか「コンプリートで!ベストだよ~!!信じられるぅ~!?」
あ~ちゃん帰って保育士になろうと考えてた。ストレスでかなりフクヨカに。
のっちは一人でももう少しやってみようと思ってた。
かしゆかは「広島に帰るのか~」と凹んでいた。
風前の灯の中、「Twinkle Snow Powdery Snow」を、ネット配信限定でリリース
ネット売り上げ5日間連続1位記録。首がつながり希望の光りが差す。
ネットで動画が大量に広まりはじめる。
都内LIVEの動員数が上がりはじめる。
そんな中、木村カエラさん某局で「チョコレイト・ディスコ」PVを見て
「だれ?この子たち。面白い個性的♪」ラヂオで盛んにリスペクトし始める。
業界の人たちから「Perfume凄い」と垣根を超え自然発生的にどんどん広まる。
若者はもとより中高年世代や目の肥えた知識人、タレントたちにも浸透。
女性のファンも増えはじめる。
本人たちの知らないウラ側で歯車が回り始めていた。
2007年2月
4thシングル「ファン・サーヴィス[sweet]」リリース
(本人たちはこれで本当の最後だと思っていた)
(まわりはどんどん盛り上がっていた。)気持ちが対照的コントラストを成す時期
2007年3月
そしてCMディレクター友次彰氏 カエラさんのラヂオ聞いてて耳に留まる。

某国営放送局NHKに起用提案
2007年7月
リサイクルキャンペーン全国放映
曲名「ポリリズム」
「この子たち誰?何者???」と全国のお茶の間で話題となる。問い合わせ殺到。
そのあとはみなさんご存知の通り。説明無用。
怒濤の快進撃

時は流れ、
LIVEで北海道来るたび あ~ちゃんに「北海道の人はきびしいけん!」\(*`∧´)/
となじられukabたちは「ごめんなさーい!」(。>人<。)と小さくなってた。
札幌市民ホールではあ~ちゃんMC愚痴りまくりで時間大幅オーバー(楽しかったけど♪)
ヨドバシ駐車場にクルマ入れてて焦ってタクシーに飛び乗り到着すると営業終わってた!
中に従業員まだいて入口叩いてようやく中に入れてもらい無事脱出。
タクシーの年配運転手に「今日は何があったの?」と聞かれたから
「わからないかもしれないけどパフュームという女の子3人組のライブでした」というと
ムッとして「知ってるよ」(  ̄っ ̄)と一言言われた。大変失礼した。(-"-;A
Zepp Sapporo LIVEのときはあ~ちゃん仙台と間違えるし。。。(;´▽`A``
のっちが大慌てでフォロー あのとき会場の空気は一瞬凍りついた
一昨年、昨年やっと機嫌が良くなり
3人がニコニコと楽しむ姿にP.T.Aの連中もホッとしてる。(-。-;)
昨年のライジングサンでは客の一糸乱れない手の振りに
「12年やってるけど、こんなの初めて!」と感動してた♪( ´艸`)
海外進出もやっと始まったし、今後も期待したい。
フランスのジャパンフェスに出ればいいのに。
きゃりーぱみゅぱみゅが先に出演したけど。
今やると会場がパニックになる恐れがあるなぁ
(欧州アンケート:一番見てみたい日本人アーティストは? No.1は Perfume )
スペインでも人気が高く、古くから私設ファンクラブが活動中。
売れるまでの努力と諦めない気持ちは
見習わないといけない。
Perfumeの3人がいつも深々とお辞儀をするのは…
もう何も言わなくてもわかりますね♪
3人が幸せそうな顔をしていて、それをずっと見れたらいいかな。
さて、どこまでいけるか。
陰ながら応援を続けるとしましょう。
それにしても女性ファンの多さに最近驚きです。
久しぶりにPerfumeを語ったなぁ σ(^_^;)
では
perfume デビュー前 広島時代1
perfume デビュー前 広島時代2
※ 内容に正確さを期しました。全ては書けないからukab的ダイジェストです。
既にローカルアイドルとしてやってたけど
んーーー~~ン
ある意味「黒歴史」
東京に来て録音。最初の曲が「OMAJINAI★-ペロリ」
爆風スランプのパッパラー河合氏・・・
感覚がオヤヂ杉た!orz
3人が上京し本格活動に入ると
アミューズも必死に考えて路線変更。
賭けに出た。
『テクノPOPユニット』
ぱふゅ~む → Perfume に変更(のっち不本意┐( ̄ヘ ̄)┌)
起用
作曲・プロデュース:中田ヤスタカ氏
振り付け:MIKIKO先生(広島時代からすべて。3人は水野先生と呼ぶ。)
(ファンはついついMIKIKO先生と言ってしまう。)
2003年
1stシングル「スウィートドーナッツ」リリース
業界内でも“未知の世界”でかなり実験的。
トーク・MCは制限なしで好きに喋ってオケ♪
ヤスタカ氏のところへ最初来たとき「はい!はい!」ばかり言うから
「こいつらホント大丈夫か?」と心配になったらしい・・・
やはり最初はみんな???でぱっとしない。
アキバや錦糸町近くの亀戸 夏の海水浴場でのLIVE等々
ぜんぜん人が集まらない中、懸命に活動してた。
札幌なんか度々やって来てプロモーションしてた。
すすきので深夜通しLIVEでは未成年のため明け方公演
その間、お客にラーメンを作ってた!

電撃ネットワークさん掟ポルシェさんたちと洞爺サンパレスで営業とか。

サッポロファクトリーの広いアトリウムで客が7人とか
4プラでやっても人が素通り
あまりに売れない。
大阪では「名前だけでも憶えていってください」歌い踊ってる前を人が素通り
地元広島で永谷園の幕のような前でやってる映像は・・・悲惨ですよ。


(本人たちに言わせると札幌のほうがショックが大きかったようで)
ヒドいのは誰もいない地下駐車場でプロモーション
(カメラ回ってるとはいえ3人流石に「これはない」と思った)( ̄□ ̄;)( ゚ ▽ ゚ ;)(*_*)
地方のホテルであ~ちゃん号泣で延々語る映像もある。・°・(ノД`)・°・
かしゆかも家族に愚痴ると父が
「お前の考える努力は努力じゃない。もっともっと一生懸命やらないと人から認められんぞ!」
ukab:お父さん…惚れた!(///∇//) お父さんを僕にください!!m(_ _;)m ?
そんな苦境を乗り越えて現在のPerfumeがあるわけで。
アミューズスタッフも諦めていない。熱いです。
さらなる攻勢をかける。
2005年
メジャーデビュー「レトロテクノ」から「近未来型テクノポップユニット」に変更
「リニアモーターガール」リリース
2006年
「コンピューターシティ」これ以降全て作詞作曲ヤスタカ氏
「エレクトロワールド」
上記を通称「近未来3部作」と呼ぶ。
徐々にではあるがYMOテクノ世代が関心を示し出す。
2006年
もうこれで最後か、「コンプリートベスト」を出す。
かしゆか「コンプリートで!ベストだよ~!!信じられるぅ~!?」
あ~ちゃん帰って保育士になろうと考えてた。ストレスでかなりフクヨカに。
のっちは一人でももう少しやってみようと思ってた。
かしゆかは「広島に帰るのか~」と凹んでいた。
風前の灯の中、「Twinkle Snow Powdery Snow」を、ネット配信限定でリリース
ネット売り上げ5日間連続1位記録。首がつながり希望の光りが差す。
ネットで動画が大量に広まりはじめる。
都内LIVEの動員数が上がりはじめる。
そんな中、木村カエラさん某局で「チョコレイト・ディスコ」PVを見て
「だれ?この子たち。面白い個性的♪」ラヂオで盛んにリスペクトし始める。
業界の人たちから「Perfume凄い」と垣根を超え自然発生的にどんどん広まる。
若者はもとより中高年世代や目の肥えた知識人、タレントたちにも浸透。
女性のファンも増えはじめる。
本人たちの知らないウラ側で歯車が回り始めていた。
2007年2月
4thシングル「ファン・サーヴィス[sweet]」リリース
(本人たちはこれで本当の最後だと思っていた)
(まわりはどんどん盛り上がっていた。)気持ちが対照的コントラストを成す時期
2007年3月
そしてCMディレクター友次彰氏 カエラさんのラヂオ聞いてて耳に留まる。


某国営放送局NHKに起用提案
2007年7月
リサイクルキャンペーン全国放映
曲名「ポリリズム」
「この子たち誰?何者???」と全国のお茶の間で話題となる。問い合わせ殺到。
そのあとはみなさんご存知の通り。説明無用。
怒濤の快進撃

時は流れ、

LIVEで北海道来るたび あ~ちゃんに「北海道の人はきびしいけん!」\(*`∧´)/
となじられukabたちは「ごめんなさーい!」(。>人<。)と小さくなってた。
札幌市民ホールではあ~ちゃんMC愚痴りまくりで時間大幅オーバー(楽しかったけど♪)
ヨドバシ駐車場にクルマ入れてて焦ってタクシーに飛び乗り到着すると営業終わってた!
中に従業員まだいて入口叩いてようやく中に入れてもらい無事脱出。
タクシーの年配運転手に「今日は何があったの?」と聞かれたから
「わからないかもしれないけどパフュームという女の子3人組のライブでした」というと
ムッとして「知ってるよ」(  ̄っ ̄)と一言言われた。大変失礼した。(-"-;A
Zepp Sapporo LIVEのときはあ~ちゃん仙台と間違えるし。。。(;´▽`A``
のっちが大慌てでフォロー あのとき会場の空気は一瞬凍りついた

一昨年、昨年やっと機嫌が良くなり
3人がニコニコと楽しむ姿にP.T.Aの連中もホッとしてる。(-。-;)
昨年のライジングサンでは客の一糸乱れない手の振りに
「12年やってるけど、こんなの初めて!」と感動してた♪( ´艸`)
海外進出もやっと始まったし、今後も期待したい。
フランスのジャパンフェスに出ればいいのに。
きゃりーぱみゅぱみゅが先に出演したけど。
今やると会場がパニックになる恐れがあるなぁ
(欧州アンケート:一番見てみたい日本人アーティストは? No.1は Perfume )
スペインでも人気が高く、古くから私設ファンクラブが活動中。
売れるまでの努力と諦めない気持ちは
見習わないといけない。
Perfumeの3人がいつも深々とお辞儀をするのは…
もう何も言わなくてもわかりますね♪
3人が幸せそうな顔をしていて、それをずっと見れたらいいかな。
さて、どこまでいけるか。
陰ながら応援を続けるとしましょう。
それにしても女性ファンの多さに最近驚きです。
久しぶりにPerfumeを語ったなぁ σ(^_^;)
では
