只今、30周目です![]()
夫くんにも気遣われない程、
およそ妊婦らしからぬ私だけど、
それでも8ヶ月ともなると、まるで妊婦。
結構しんどくなってきました![]()
大豆とのお散歩の時、お腹が固くなる。
コレがよく言う、「お腹の張り」だそう。
「張ったら休め」だそうだけど、
すぐに引き揚げる訳にも行かず、
お腹をさすって、
「もうちょっと待ってね、
大豆くんがウン○したら帰るからね
」
とあずきをなだめながら、
ウンショウンショと歩きます![]()
彼は割と、モノ分かりのいいヤツかも![]()
むくみやすくも、なった気がする。
座るとき、寝る時、会社でも、
脚を高くキープするよう、心がけてます。
「攣る」件に関しては、
もー、攣り過ぎて、慌てなくもなった頃、
マイミク「さんしょさん」に頂いた「魔法のお塩」
薄めた水を飲む(少しだけ)ようになって、
ピタリと治まりました
子宮の成長に伴い、胃が圧迫されてるそうで、
食べる度に気持ち悪い。
おまけに下し気味![]()
お陰で、体重管理は楽になりました![]()
「夏の妊婦は暑いぞー
灼熱だぞー![]()
」
と、いろーんな人に脅されたけど、
今のところは例年通り、寒がりユッキーのまま。
夫くん仕様の空調が、寒い位です![]()
いかんせん、疲れやすいのが玉に瑕。
1アクション毎に、「Haー」
![]()
と声が出ちゃいます。
という訳で(?)週末も、
暑さも手伝い、夫くんも夜勤だし(→昼間は寝てる)、
庭仕事やお出かけは控え、
家に引きこもり、手芸に熱中して過ごしました。
Naboちゃんち子にあげる
スタイとガラガラ。
慣れないことをしたので、
簡単キットを買ったはずなのに、
縫い代つけないまま裁ち始めちゃったり、
かなり手こずった挙句、なんとか完成。
次は我が家用。
あずき用のおくるみ(ベビーキルト)を、是非手作りで
かつて
パッチワークにハマっていた者としては、
「モチロン、斉藤謠子先生の作品を
」
- 斉藤謠子の北欧キルト/斉藤 謠子
- ¥2,205
- Amazon.co.jp
・・・なーんて張り切ったものの、
なにしろ久々(15年ぶり?)だし
タイムリミットも迫ってるし・・・
結局、パッチは断念、
キルティングのみのベビーキルトを、
オーガニックコットンの生地で挑戦。
道具も、先生のwebサイト で揃えて、
テンションも上昇 ![]()

![]()
・・・しかし、
一日掛かりで写した図案は、
横着した為に、
ガタガタにズレて柄が繋がらず、
結局洗って全部消すことに![]()
:
また一日掛けて、ガンバリマス![]()
作業中のBGMは、
季節柄、もっぱら戦争番組
● 渡辺謙 アメリカを行く
「星条旗の下に生きたヒバクシャたち」
被曝した身で
アメリカで生きる人たちのインタビュー番組。
孫たちを何度も原爆資料館に連れて行った女性。
自身では、戦争体験を語ることはなかったという。
孫は当時、
資料館の展示にショックの余り、
「おばあちゃんはどうして、
こんなヒドイものを見せるの?
」
と思ったそうです。
自身は毎回、展示を見ることはなく、
建物の外で待っていた、と。
その話を聞いて、遠い昔のことを思い出した。
:
小4の冬休み、
帰省ついでに家族で行った長崎。
長崎平和公園にも行った。
そこに原爆資料館があって、
中の展示は、私にも衝撃的だった。
確かその時のシノブ(亡母)も、自らは入らず、
建物の外で待っていた。
「ママ、そういうの好きじゃないから
」
と言っていたので、
当時の私は額面通りに受け止め、スルーした。
あの時の母は、
この人と同じ心境だったんだ…。
見るのは辛くてとても・・・
けど、伝えなきゃ、という気持ち。。。
シノブの戦争観を聞いて(盗み聞き)以来、
(ゆの字日記2006/8/24 参照)
原爆が、他人事に思えない。
原のおばあちゃんから聞いた、
「沼津の空襲」の話とは、全く別モノの、
深い深い傷み。
そしてその傷は、過去のものでは全然なく、
「無間道」の如く、
今も、その人たちを苦しめ続けている。
去年見た「NHKスペシャル」
● 「解かれた封印
~米軍カメラマンが見たNAGASAKI~」
アメリカでの、原爆に対する評価の違いも、
知らなかった、ショックな事の一つ。
世間を敵に回し、奥さんにも理解されない、
そんな環境の中で、
自分が見た真実を訴え続けた
オダネル氏の意志は、息子が引き継ぎ、
世代を超えて広まっている。
これは是非、
学校の授業とかでも上映して、
少しでもたくさんの人に見て欲しい。
- トランクの中の日本
- ―米従軍カメラマンの非公式記録
- /ジョー オダネル
- ¥2,625
- Amazon.co.jp
知らないことが如何に多いか、
今更気づいて、驚く。
自分の世代、もっと若い世代と進む毎に
どんどん意識が薄れていくことに、焦る。
「当然、戦争がいけないこととは知ってるよ」
と言うのだろうけど、全然違う。
何が起きたのか、
そこにどんな人々の思いがあったのか、
日本人は、もっと知らなくてはいけない。
この傷みを共有して、
繋いでいかなきゃいけないのに。
・・・とは思うけど、
なかなか、重い話を人に薦めるのって難しい。
ので、
こんなとこに記しています
● 「ヒバクシャからの手紙」
● 少女たちの日記帳
「ヒロシマ・昭和20年4月6日~8月6日」
● 戦場のラブレター 玉砕の島で拾われた手紙
「二人の子供の母になる体になりましたの
」
縦書きじゃないと、
なんだか全然違う感じたけど…
いかにも初々しい、愛妻そのものという文面、
その手紙の送り主は、現在89歳。
硫黄島で米兵に拾われて、
64年振りに戻ってきた手紙を代読してもらい、
その感想を尋ねられ、
「なんともないけど、
アンナことがなければ、
コンナことにならなかったと思うだけです・・・」
ご主人のこと、
すごく好きだったんだろうなぁ。
どんなに、会いたかっただろう。。。
戦争を恨んだろうなぁ…。
彼女にとって戦後は、
長い長い、60年だったんだろう、と思う。。。
こうなると、
血が受け継がれて行くこと、
命が繋がって行くことの意味に、
今までと違う重みを感じてくる。
このお腹の中にあずきがいることも、
何か特別な・・・
よく、分かりませんが。。。
「夕凪の街 桜の国」
で受けたショックと似た感じ。。。
- 夕凪の街 桜の国 /こうの 史代
- ¥500
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「何処かの誰か」の話と、
身内から聞く話とでは、
心への届き方が「全然」違う。
自分も、
シノブを通して初めて気づかされた痛み。
「ニュースゼロ」で
桜井くんも言っていたように、
その方たちは皆、
長年、
「沈まれ沈まれ、消えて無くなれ」
と願いながらしまい込んでいた気持ちを、
それよりも強い、
「繰り返さないで」という願いの為に、
辛い思いで掘り返して、話してくれるんだと思う。
その貴重な話を、
とても重く辛いサブジェクトではあるけど、
避けてはいけない。
同じ民族として、その傷みを
下の世代も分かち合わなくてはいけない。
私もきっと母となったら、
あずきにも
戦争の話にたくさん触れさせよう。
しかし、
どの位の歳になったら理解できるかな?
どんなアプローチをしたら、
興味を持ってもらえるかな。。。
・・・ なんてことを思いながら、
過ごした週末でした
□□□ 今日の大豆カメラ □□□
いつもは反対向きで、
顔だけ外に出すスタイルですが。
今日はこんな感じです。
お母さんを見張ってるの???







