美人は損だ。
みんなが優しくしてくれるから、
本当に優しい人が見分けなかろう。
と、ずーっと思ってきた。
自分は見る目がある。
自分の厄介さがフルイになって、
いい人しか周りに残らないようになってるんだ![]()
なんて、思っていた。
ところが。
見る目がないのは、自分だった。
自分がこんなだから、
自分に優しい人は、きっといい人。
と思っていたのが間違い。
自分の周りにいい人が多いのも、
伴侶となった人がいい人なのも、
私の見る目のお陰ではなかった。。。
…別に、
直接的なダメージを受けた訳ではないけど、
自分の思い違いがショック。。。
思えばこれが初めてではないし。
今回で3度目位かも。
懲りない自分にもがっかり。
この世の中に、
ヒトって無数にいて、
会社に出入りするヒト達全て、
今日一日すれ違うヒト達も全て、
見晴台に住む900世帯のヒト達も全て、
その一個体づつに「ココロ」を持ってる。
それぞれの感情があり、考えがあり、事情がある。
自分には思いもよらない発想や
感情を持つヒトも、たくさん。
それを考えて時々、
ヒトと関係することの恐怖に圧倒されて、
引きこもりたくなる。
宇宙の果てを考えることと同じ位、怖い。
防御壁を立ててしまえば、楽?
アンテナを張り巡らせれば、安全?
自ら悪意探知機になって、
疑わなくていい人までも疑って、
全てを勘ぐって生きる?
そんなことして生きても、
自分を小さくするだけ、
人生の財産になるものを、捨てるようなこと。
情報操作、トリックを仕掛けるヒトや、
ヒトの裏をかいてやろうとするヒトに、
振り回されたくない。
だから、変わらない。
私は隠さない姿勢を続けるし、
疑わない姿勢を続けたい。
ボケっと呑気を貫きたい。
先手必勝しようとするヒトに、
不戦勝という手を打つのだ。
私はやっぱり、性善説で行きたい。
強い意志を持って、鈍感であり続けようと思う。
そして
腹を探らずに付き合える人が、
一握りはいる、
この幸福に、感謝しよう![]()
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最近読んでるのは、
サリン事件の被害者である河野さんの著書。
- 命あるかぎり―松本サリン事件を超えて/河野 義行
「山口母子殺人事件」では、 - 複雑な心境ながらも被害者遺族に同調して、
- 判決に安堵していた私には、
- 衝撃的な境地。
河野さん家の裏でサリンを捲いた車の、
改造に携わった元信者の人(服役済み)に、
庭木の手入れや家の出入りを許している。
食事や、遊びにも誘ったりしている。。。
容疑者として日本中に疑われていた時間、
ヒトのネガティブなココロに、
散々いたぶられながら、
一方で、
絶対的に信じてくれた友人たちの、
温かいココロにも、たくさん触れたのだそうです![]()
当時、事件翌日の新聞を広げて、
「この発見者が犯人に決まってるよね!」
と、勝ち誇って言ったのを覚えてる。
愚かな自分を殴りたい![]()
…人を憎んだり、恨んだりすることは、
かぎりある自分の人生をつまらないものにしてしまう。
さらに、その行為はとてもエネルギーのいることだ。
それだけのエネルギーを使うのなら、澄子の介護も含め、
もっと別な、より有意義なことに使いたい。…
「生きる」ということの意味、
その矛先を見失ってはいけないのだ
目から鱗 ( ゚ 0Å)。
サウイウヒトニ、ワタシハナリタイ![]()
実際、
自分が被害者やその遺族になって、
私のココロはどうなってしまうか・・・?
河野さんの境地に達せる自信は、全っ然ない。
仇討復活さえ、望むかもしれないけど。。。![]()