東京都葛飾区堀切生まれ
幼少時代は風呂無しアパートの1階に、母と幼い妹との3人暮らし
母子家庭
よく隣の老夫婦に銭湯につれてってもらった
名前も覚えてないけど、本当に感謝してる
あの頃は部屋で目が覚めると お袋が居なくて・・・
まだ赤ん坊の妹もオレにつられて泣いてたな
オレと妹が大泣きしてると必ず隣の部屋から、じいちゃんかばあちゃん どっちか来てくれたっけ
嬉しかったな
今思うと、あの頃はお袋本当に大変だったと思う
5歳の時、妹とふたり親戚(母の弟夫婦宅)に預けられた
そこで小1の終わりまで過ごす
オレも妹も、とても良くしてもらった
今でも盆と正月は必ず会いに行っている
小2の時 お袋が一軒家を建てた
引越し
オレと妹と祖母(お袋の母)の3人暮らしがはじまった
お袋は『仕事の関係』で松戸のボロアパートでひとり暮らしをつづけてて一緒には住まなかった
月にいちど帰宅し(必ず夜中)午後まで寝てた
でも夜は『すかいらーく』に連れてってくれて・・・
楽しかったな
お袋が仕事に行っちゃう時は妹が大泣きして・・・
オレは祖母に『トシはお兄ちゃんなんだから泣くな』って言われて
ホントは毎回泣きたかった
お袋がどんな仕事をしていたかは知らない
あの頃よくお袋に訊いたけど『造花を作ってるのよ』って言われて鵜呑みにしてた
学校の先生にもそう答えてた気がする
おとなになって造花で家は建たないことに気付いても、母に仕事の事を尋ねたことはない
小3の夏 母と妹と3人で夜、外食に向かう途中の信号待ちの時、お袋から
『本当はお父さん生きてるの』と 告白をされた
『会いたい?』と訊かれ、あたまが真っ白になった
あの頃のオレはテレビが大好きで、シリアスなドラマやサスペンスものもかなり観ていたので、大抵のおとなの事情的なことには精通し理解も出来ていた
お袋の表情と雰囲気を察し
『あいたくない』と答えた
妹もオレに合わせて『あいたくない』と言った
それを聞いたお袋は『お母さん 頑張るからね』って言いながら泣いてた
オレもつられて泣いた
妹も泣いた
子供はおとなが思うよりおとなだ
その日は生まれて初めてステーキを食べた
ハンバーグじゃなくステーキを
子供の頃の我が家は裕福だった
母子家庭にしては何でもそろっていた
ステレオにしてもビデオデッキにしても、友人宅には無いモノがうちにはあった
ゲームウォッチもたくさん持ってたし
事実、同級生からは『お金もちでいいなぁ』とよく言われていた
自分で稼ぐようになった今、改めてお袋の凄さに感心し感謝している
恥ずかしいので、くちに出して言ったことはないが 心から
『ありがとう』
と いつも想っている
つづく
幼少時代は風呂無しアパートの1階に、母と幼い妹との3人暮らし
母子家庭
よく隣の老夫婦に銭湯につれてってもらった
名前も覚えてないけど、本当に感謝してる
あの頃は部屋で目が覚めると お袋が居なくて・・・
まだ赤ん坊の妹もオレにつられて泣いてたな
オレと妹が大泣きしてると必ず隣の部屋から、じいちゃんかばあちゃん どっちか来てくれたっけ
嬉しかったな
今思うと、あの頃はお袋本当に大変だったと思う
5歳の時、妹とふたり親戚(母の弟夫婦宅)に預けられた
そこで小1の終わりまで過ごす
オレも妹も、とても良くしてもらった
今でも盆と正月は必ず会いに行っている
小2の時 お袋が一軒家を建てた
引越し
オレと妹と祖母(お袋の母)の3人暮らしがはじまった
お袋は『仕事の関係』で松戸のボロアパートでひとり暮らしをつづけてて一緒には住まなかった
月にいちど帰宅し(必ず夜中)午後まで寝てた
でも夜は『すかいらーく』に連れてってくれて・・・
楽しかったな
お袋が仕事に行っちゃう時は妹が大泣きして・・・
オレは祖母に『トシはお兄ちゃんなんだから泣くな』って言われて
ホントは毎回泣きたかった
お袋がどんな仕事をしていたかは知らない
あの頃よくお袋に訊いたけど『造花を作ってるのよ』って言われて鵜呑みにしてた
学校の先生にもそう答えてた気がする
おとなになって造花で家は建たないことに気付いても、母に仕事の事を尋ねたことはない
小3の夏 母と妹と3人で夜、外食に向かう途中の信号待ちの時、お袋から
『本当はお父さん生きてるの』と 告白をされた
『会いたい?』と訊かれ、あたまが真っ白になった
あの頃のオレはテレビが大好きで、シリアスなドラマやサスペンスものもかなり観ていたので、大抵のおとなの事情的なことには精通し理解も出来ていた
お袋の表情と雰囲気を察し
『あいたくない』と答えた
妹もオレに合わせて『あいたくない』と言った
それを聞いたお袋は『お母さん 頑張るからね』って言いながら泣いてた
オレもつられて泣いた
妹も泣いた
子供はおとなが思うよりおとなだ
その日は生まれて初めてステーキを食べた
ハンバーグじゃなくステーキを
子供の頃の我が家は裕福だった
母子家庭にしては何でもそろっていた
ステレオにしてもビデオデッキにしても、友人宅には無いモノがうちにはあった
ゲームウォッチもたくさん持ってたし
事実、同級生からは『お金もちでいいなぁ』とよく言われていた
自分で稼ぐようになった今、改めてお袋の凄さに感心し感謝している
恥ずかしいので、くちに出して言ったことはないが 心から
『ありがとう』
と いつも想っている
つづく