(とりあえず、前のあらすじ! )
ニール船長は尻ポケットのメモ帳を取り、
「一人の人間には小さな一歩だが人類には偉大な飛躍だ!」
彼は用意してあったコメントを読み上げる。「ソレがいいわ!」と妻にも褒められたのでアンダーラインを引いておいた、自信作だ。我がアメリカ国民に〝捧げる〟言葉としてヘルメット内の小さなマイクを通してだが、彼は胸を張った。
ヘルメット内の酸素を吸い込みながら国民の歓声に、耳を澄ませる。
(……静かなもんだ、月は!)
地球ではスゴイ盛り上がっているはずだ…とは思うが、と彼は、月に居てはいまひとつ反応が分からないのが悔しい。と、それでメモ帳の、あと幾つかのコメントも読むことにしようか、彼は悩んだ。後悔したくないからそうしよう…歴史がそのどれかを選択するだろう!)
彼はバイザー越しにも読めるように大きく文字を書いていた。だから、すぐに頁をめくらなければならず…めんどくさい。手袋にイライラするし、なにより喋ると酸素が吸えず息苦しくなる。(せいぜい3つが限度だな!)とメモ帳の開いた
「 月は、…白でも…ンップハー…黄色でも…ップハーない。灰色だ…ッパー! 」
「 私の1歩は…ンーップハー…アメリカ大陸を発見した…ンーップハー…コロンプス…ップハーより偉大だ…ンッ…パー! 」
「 人類史上…ンップハー…もっとも遠くから、…ップハー…〝こんにちは!〟 」
……。
NASAのスタッフはそれらのコメントを〝独り言〟と判断し、お茶を飲みながら聞き流した。テレビを観ていた国民の記憶にも、たぶん無いだろう。人類史上もっとも多くの人が〝聞き流した〟言葉として、妻の記憶にしっかり残っているだけだ。
それをまだ知る術もない彼は、気が済んだ。それから月面の砂を蹴るようにもう1歩、2歩、3歩と着陸船から離れ、月の表面を移動する。
困ったのは先に来ていたソビエトの宇宙飛行士。到着したばかりのアメリカ人が調子付いてどんどんこちらへ近づいてくるのでどうしていいか判らない。この痩せた岩陰ではすぐ見つかってしまうだろう。月面では身を隠す場所など、ない!
(これは……マズイ!)
と、自分の着陸船のある遥か後方を振り返る。
「まずは…」と、彼は対策を至急練りながら「アレを隠すのが先決だな!」と考える。そして背中に付いてる2本の棒状の物を手に取り、
「……オイ、応答しろ!」
と、船内で待機している仲間がちゃんと見ていることを祈りながら〝手旗式〟通信で合図を送る。
(はやく……気づけよ、バカ!)
<ゲッ、ゲキヤバ! アメリカ、クル。フネ、カクセ。チョーイソイデ、カクセ!>
「……あいつ、何慌てているんだ」と船内のソビエト乗組員、「アメリカがどうしたって?」と顔を見合わせてから、月面を見渡し〝アメリカ〟らしきモノを探てみる。
……。
「アレは何だ!」 スキップ調の軽妙な歩みを突然止めたアメリカの宇宙飛行士、「…何なんだアレは?」
声が震えている。
……。
「こちらヒューストン!」 傍受していたNASAの地上スタッフが溜まらず割り込んでくる。
「一体そこになにが在るというんだ?」
「私は知りたい」 ……でも(そのまんま言うわけには…いかない!)。
……。
その一方でソビエト人乗組員は…というと、
「俺たちをからかっているんだぜ、アイツ」と、〝それ〟らしい物がどこにも見つから無かった弾みで「奴らには大砲の弾を月に撃ち込む知恵しかないんだから!」と、アメリカの話題で笑い飛ばす。
「月に着陸する技術はとうぶん無理!」と一人が言う「しばらくはグルグル回るのが限度だよ、アメリカは!」
アハハ! と船内は会社の〝課長〟の悪口を言う居酒屋みたいに盛り上がって、笑いが絶えない。そこで席を立った男が「ちょっと…オレ」と足元をフラつかせながら言う。
「外の空気を吸ってくるよ!」
「外には空気がありません!」
アハハ!
「そこに何が見えているんだ?」 NASAのスタッフは問いかける。「おい、応えてくれ!」
(……)
笑い転げそうになりながらなんとか宇宙服に着替え、ハッチを開ける。男は、何度着てもこの宇宙服のデザインに馴染めない。
「国旗とか、我が国を象徴するモノをデザインに取入れる! …ってのは国家事業だからオレにも分かる」と感情を押し殺して、「けど…政治家の〝思いつき〟に逆らえなかった上層部には…」と彼は呆れてため息が出る。
(このぬいぐるみのようなこのデザインは無いだろ!)とヘルメットに付いた同じくらい大きな〝耳〟を鷲づかみにして、剥き出しの感情のまま横に引っ張ってみる。
何のための〝耳〟だァ~?…ックソ~!
……(ハア~ッ…)。
『無理です!〝チャブラーシカ〟型の宇宙服なんて出来ません!』…とはっきり言えばいいじゃん!
そして…彼は首を振る「〝権力〟には逆らえないモンかね、どこの世界も。…宇宙まで来て…〝しがらみ〟!」
(ハア…ァ)
「ニール…いったい、何が見えるんだ?」こちらヒューストン、「…どう…えっ?」
「……我々を…監視している」
「何だって?」こちらヒューストン、「誰か、そこにいるのか?」
「…岩陰に」と呟くように言う。もう正直に答えるしかない!そう思ったアポロ船の宇宙飛行士は慎重に、そして誤解の無いよう正確に伝える。
「赤い旗を振っている大きな耳の〝宇宙人〟がいる!」
「……」
(通信を遮断してください!)
…プツン! ジャー…。
(ゲッ……見つかった…!)ソビエト側の宇宙飛行士、刺激しないよう紅白の旗を背後にさりげなく隠す。迂闊にそれ以外のことは何もできない状態。何も浮かばない。岩陰にはり付いた格好で見つめ、相手の出方に神経を集中する。
月面で、ソビエト人とアメリカ人が極限状態で、見詰め合う。
ゆっくりと後退りするのをみて、自分も後ろへゆっくりと下がる。アトズサリ…それしか考えられない。
……。
ソビエトあと退り、アメリカ後ずさり。ズズル…ズー…サリサリ!
人類史上初の〝アトズサリ〟! …のちに有名なダンスに取り入れられる…ムーンウォークが誕生した瞬間である。
……。
(つづく)