サユリは当時、
高校2年生でした。
夜の街で、
ド派手な格好をして、
タバコをふかしていました。
声をかけてみました。
『君、高校生?
もう帰らないと、
この辺は危ないよ?』
無視でした。
まぁ良いかと思い、
焼き芋を買ってきて、
『ほら、寒いっしょ。
暖まるよ?』
手で振り払われ、
焼き芋が地面に落ちてしまいました。
サユリは言いました。
『ウゼんだよ、ジジィ!!』
この子達にすれば、
僕も立派なジジィなんだなと思い、
少し笑ってしまいました。
『何がオカシんだよ!!
頭オカシんじゃないの!?』
『いやいや、
俺もジジィって言われる歳なんだなぁと、
ちょっと思い返してたら、
面白くてね』
『はぁ!?
キモいからあっち行ってくんない?』
『それは無理やね。
未成年がこの時間にウロついてたら、
補導されるんだ。
警察に補導されたら、
親に連絡されるけど良いの?』
サユリの顔が強張りました。
夜遅く出歩いてる子ども達が、
親との関係が良好なワケもなく、
一番避けてる事が、
親に連絡される事です。
『誰かと待ち合わせ?』
サユリは黙って首を振りました。
『家に帰りたくないの?』
サユリは無言で頷きました。
『じゃぁこうしよう。
俺もうちょっとだけこの辺回ってるから、
あそこの映画館の横にファミレスあるやろ?
そこで待っててよ。
店員にこの名刺渡したら、
待たせてくれるからさ』
そのファミレスはよく使うので、
店長も理由を察してくれます。
サユリは頷き、
ファミレスへと向かいました。
一時間ほど歩き周り、
サユリの待つファミレスに到着。
彼女は何も頼まず、
コップの水はカラでした。
『ゴメン。遅くなって。
何も頼まなかったんや?
とりあえず何か頼もうか』
僕は明太子パスタを。
サユリは遠慮していたのですが、
結局ミックスグリル定食を頼みました。
『親と何かあった?』
もちろん初対面で全てを話してくれるわけもなく、
サユリは『別に…』と、
タバコをくわえました。
口からタバコを取り上げ、
『家に帰りたくないんだったね。
いつも帰らないの?
普段はどこに寝泊まりしてるの?』
『週1ぐらいで帰る。
普段は友達の家か、
男ん家』
『彼氏いんだ?
心配するんじゃない?』
『彼氏じゃない…』
すぐに理解しました。
『そっかぁ、
ウリね』
サユリはハッとした顔を見せました。
僕は言いました。
『ウリが良いか悪いかなんて言わないよ?
事情あるんやろうし。
君が一番よく知ってるだろうし』
サユリは苦虫を噛み潰したような顔を背け、
またタバコをくわえました。
また口からタバコを取り上げ、
『あそこでキャッチしても、
ホストぐらいしか捕まらんやろ?』
するとサユリは言いました。
『へぇ、オッサン、
結構あの辺の事詳しいんや?
じゃ、ウチの事知ってんちゃうん?
結構有名なんだよ。
ホストに毎日タダでヤラせる女って。
そうや。
オッサンもさぁ、
ゴチってくれるなら、
泊まらせてもらう条件で、
ヤラせてやっても良いよ?
若いの相手にできんだし、
メシ代だけでヤレんだから得やん?』
大笑いしてしまいました。
『ありがとう。
でも、困ってないから遠慮するよ。
あ、でも、メシ代の分、
ちょっと付き合ってよ』
僕達はご飯を済ませ、
深夜のバッティングセンターに向かいました。
交互に打ち、
それぞれ10回ゲージに入ったでしょうか。
まだ若いサユリも、
さすがに肩で息をしています。
でもホントに楽しそうでした。
『疲れたなぁ。
休憩しに行こか?』
『え?ラブホ?』
『アホ。
良いとこや』
僕はサユリと一緒に、
昔お世話になっていた、
ラウンジに行きました。
ママは相変わらず、
連れてる女性が見るからに高校生でも、
僕が一緒なら文句は言いません。
新人のキャストが2人、
横に着いてくれたので、
彼女達にお願いしました。
ホステスさんは、
常に美について探求しています。
僕には無い感覚です。
『お願いなんやけど、
この子をキレイにしてやってくれへん?
ママには了解もらってるからさぁ。
お願いm(._.)m』
彼女達は引き受けてくれました。
1時間ほどかかりましたか、
2人のキャストさんが、
『それでは、
生まれ変わったサユリちゃんです!
拍手ぅ~!!』
と、横にどきました。
真ん中には、
キレイに化粧し、
ドレスアップし、
髪もキレイに結った、
女子高生とは思えないサユリがいました。
『ほぅ…こりゃ驚きだわ。
めちゃくちゃカワイイやん』
耳まで真っ赤になったサユリを囲み、
僕は飲まないので、
二人ともソフトドリンクで乾杯しました。
ママも入り、
サユリの事を褒めまくってくれていました。
ひとしきり騒いだ後、
家に送る事を告げ、
僕はサユリに言いました。
『耳まで真っ赤やったな。
カワイらしいとこあるやん』
はにかみながらサユリは答えます。
『誰かに言ったらコロすよ?』
帰る道中、
笑って色んな話をしました。
『さっきは楽しかったね。
また遊ぼうぜ。
今度は補導されない時間にさ』
『カンベンしてよ…
ウチあぁいうの苦手なんよ?』
『あぁいうのって?』
『褒められるとか…』
わかってます。
夜の世界に生きる人の多くは、
昼の世界で褒められ慣れていない。
褒められるとどうしていいかわからない。
でも、褒めてほしい…
『親と何かあったんか?』
沈黙がおりました。
しばらく黙って待ちました。
『ウチのお姉ってさ、
神童って言われてたんよ。
小さい頃から頭良くってさぁ、
ウチなんて足元にも及ばない感じ?
それがね、
昔っからウザかった…』
サユリの言葉のスピードが落ちます。
まだ奥がある。
そう思い、
沈黙で先を促しました。
『お姉が10歳、
ウチが7歳の時にね、
お姉が交通事故で死んだの…
私を庇ってさぁ…』
僕はまだ寒い季節だったので、
肌の露出の多い服装のサユリに、
ダウンジャケットをかけました。
『それから親が荒れてね…
毎日ケンカ。
しまいにゃウチにまで当たるようになってね、
半年ほど前かな?
とうとう言われちゃったんだ…』
想像がつきました。
それは言ってはならない一言。
親がどんな事情を持っていても、
絶対に言ってはいけない一言でした。
言う前に、
僕はサユリの肩を抱き寄せました。
肩をさすり、
『それは痛いよな…』
とつぶやきました。
嗚咽が漏れるほど、
サユリは肩を震わせ泣いていました。
当たり前です。
こんなか細いサユリの肩に、
どれだけその言葉は重たく、
痛くのしかかったでしょうか…
『お前が死んだら良かったって…
お父さんが言ったんだ…
私だってそう思うよ!
あの時死んだのが私だったらって、
お姉が死んじゃった時からずっと、
私が一番思ってたよ!
でも、親に言われるって…
もうウチなんてどうにでもなれって思って…』
涙でクシャクシャになった顔が、
とても胸痛む表情でした。
『そうか…
辛かったな…
でももう大丈夫。
俺がついてる。
もうそんな思いはさせないよ』
サユリの涙を拭い、
僕は彼女の家に行きました。
掃除もしていない。
靴も乱雑に放り出されたまま。
家の中からは、
アルコールの匂いがむせ返るほどに溢れ、
親の様子が理解できました。
サユリの両親は、
完全なアルコール依存症でした。
朝からお酒を飲み、
目が完全に淀んでいました。
これがサユリに、
最低な一言を投げ付けた原因。
アルコール依存症との初めての戦いでした。
何度説得しようが、
両親は病院に行きません。
二ヶ月かかりましたが、
ほぼ無理矢理、
民生委員と、
児童相談所の協力を取り付け、
強制入院させる事になりました。
そこから一ヶ月間、
見舞いに行っても門前払い。
会おうともしてくれませんでした。
その間、
サユリはラウンジのママの家に預け、
学校にも行くようになっていましたが、
やはり両親の事が気になるようで、
毎日メールしてきました。
『栄チャン、
ウチが悪いねん。
お父さんもお母さんも、
ホントは悪くないねん。
私がお姉の命を奪ったから、
私が何を言われても仕方ないねん…』
サユリは自分を責め続けてきた。
堪え切れずに、
夜の世界で自分を殺してきた。
怒りがメラメラと湧いてきます。
『そんなわけないやん。
お前も被害者や。
もちろん両親も被害者や。
なのにお前だけ悪者なんて有り得るかよ』
僕は毎日のように見舞いに行きました。
最終的には両親が折れる形で、
合う事になりました。
敵愾心丸だしで、
皮肉ばかり言う二人でした。
『アンタのおかげで、
健康になったし、
職も失ったなぁ。
これで生活保護が一組増えたで』
気にせず話しました。
『サユリに、
お前が死ねばよかったんだって、
言ったそうですね』
気まずそうに目を見合わせ、
両親は顔を背けながら言いました。
『あぁ、言ったよ…
言った…
でもなぁ、
アイツだって悪いんやで!?
ちっとも言う事聞かないし、
部活やバイトもすぐ辞めやがって、
帰るんだって遅い。
で、こっちも頭にきたんだよ!!
仕方ないやないか!!』
僕は怒りが冷めていくのを感じました。
『あなたがおっしゃった全ては、
サユリにお前が死ねば…
と言って良い理由には、
全くもってなりません。
大好きなお姉さんが死んで、
毎日酒に溺れる両親を見るんですよ?
しかもそれは自分のせいだって、
彼女は自分を責め続けてた。
どうやってクラブ活動に身を入れれます?
どうやってバイトに精を出せます?
毎日自分のせいで崩れてく、
大好きな両親を見ないといけな家に、
早く帰りたい子がどこにいますか!?
俺からすれば、
彼女の方が論理的に、
真面目に崩れていってると思いますよ』
両親は俯いて口を閉ざしました…
『わかってるよ…
ホントは俺達が悪いんだって…
あいつにあんなこと言うなんて…
自分でも信じられへんよ…』
お母さんの泣き声に呼応し、
お父さんも泣き出しました。
依存症の患者に、
あまり感情を高ぶらせるのは良くないけど、
僕は言いました。
『それがアルコール依存症の怖いとこです。
理性がきかなくなる。
ホントに思ってないことでも、
その瞬間、
少しでも頭をよぎった言葉が出てしまう。
そういう病気なんです。
娘さんの死が、
あなた達を追い込んだ。
でも、病気であっても何でも、
サユリにそれは言っちゃいけないよ…
あいつが一番そう思い込んでるんだから。
あんた達は、
そう思い込んでるサユリに、
お前が大切だ、
お前はお姉ちゃんの替わりじゃない、
お前自身を愛してるんだって、
言ってやらないといけないんや。
まだ遅くないですよ。
あなた達の一言で傷ついたけど、
あなた達の一言で取り戻せる。
まだ諦めるには早いんじゃないですか?』
しばし熟慮する二人に言いました。
『サユリがねぇ、
お父さんもお母さんも悪くない。
私がお姉ちゃんを奪ったから悪いんだって、
アイツそう言ってましたよ』
そう言い残し、
病院を後にしました。
サユリとバッティングセンターに行きました。
両親の心配をしていました。
事情を説明し、
アルコール依存症について教えました。
サユリは『そっか…』とだけ言い、
またバッティングに打ち込みました。
退院前に、
サユリを連れて病院に行きました。
病室から漏れ出す
『ゴメンね…』
の泣き声が3つ。
もう大丈夫だと思いました。
サユリは今、
看護師になろうと、
猛勉強しています。
依存症の怖さを知る彼女なら、
被害者の痛みのわかる看護師になる。
そう思います。
両親との関係も良くなり、
一年に一度、
4人で食事に行きますが、
お父さんもお母さんも、
失った時間を取り戻すように、
見ていて恥ずかしくなるぐらいの溺愛ぶり…
彼氏は作らせん!!
と豪語していました。
『どうせ嫁に出すなら、
谷川くんやな』
食ってる物を思わず吹き出しました。
サユリには今、
なかな筋の通った良い男がいます。
お父さんを納得させるのは困難だろうけど、
きっと良い夫婦になるでしょう。
そう。
ご両親のようにね。