相談人数が2,000人を超えて、
1日の相談メールの累計平均は300件。
曜日によってバラつきはあるものの、
個人でよくここまでやってきたなぁと自分でも呆れる時があります。
僕が住んでいる地域で、
中高生相手に『勉強会』や『音楽学習会』を開催しているのですが、
その延長線上の事とはいえ、
帰宅から深夜2時頃までのメール相談について、
他者からなかなか理解されない事にも慣れ、
今では理解者も増えてきて、
手伝ってくれる人まで出てきました。
地道な活動を展開してきたのですが、
いつの間にやら講演に呼ばれる事も増え、
東京や九州、主に近畿一帯はよく行くようになりました。
全国各地で今、
少年問題という事が叫ばれていますが、
基本的には、
『子どもの非行をどう食い止めるか?』
というような趣の強い依頼が多く、
僕はあくまで、
『いえいえ、夜の街に逃げ込んだ子ども達は、
もう既に非行と呼ばれる行為に手を染めている子がほとんどです。
食い止めた事は10%にも満たないですから、
そんな趣の話はできません…』
とお断りするシーンも多々あります。
相談者の約8割が女の子です。
ほとんどはリスカやODという問題を抱えた子だったり、
境界性人格障害や、
うつ、躁、ありとあらゆる精神疾患問題を抱える子ども達。
ウリをしていましたとか、
風俗で働いていますとか、
キャバ嬢ですとか、
そういう女の子が400人はいます。
講演の中でもそんな話をしていると、
『そんなに女の子に囲まれて、
しんどいばっかりじゃないんじゃないですか?』
なんていうゲスな質問もあったりします。
確かに僕は、
同じ30代の人の中でも、
若い女性と接する機会は多い。
しかしその分、
その痛みと苦しみを聞いて、
人間としての尊厳をもう一度考えあう仲になっていくだけですから、
何がうらやましいというのでしょうか。
ゲスの勘繰りとは言いますが、
若い女性と知り合う事で、
良い思いもしているんじゃないか?
と言うのです。
最低な奴だなぁと心の中で文句を言いながら、
二度と来るかと誓ったものです。
僕は子ども達や青年達の職業や、
過去に犯した過ちなどについて、
子ども達を語る上で重要な事とは思いますけど、
だからといってその子の人格を否定したり、
評価を下げたりなどは一切しません。
ウリをしていた?
だからどうしたんでしょう。
人間としての価値が下がるのでしょうか。
僕に言わせれば、
買う奴の人格を否定したいところです。
やむにやまれずウリをしている子には申し訳ないけど。
風俗で働いている?
だから何なんでしょう?
風俗という職業を低く見るのは、
それイコール『汚い』『汚らわしい』と思ってる人の、
あまりに端的な評価に過ぎず、
『良い仕事をしているね』とは言えないけど、
だからといって僕より価値が低いなどとは全く思いません。
僕らは同価値。
あなたも私も同じ価値がある。
相談者の子ども達は、
どれほど自分を低く評価していると思いますか?
ウリをしている自分の価値など、
ほぼ無価値だと言っている子なんて珍しくない。
本当はもっと素敵な価値がある人なのに、
なんともったいない。
僕は彼女らと友達になります。
色んな話をし、
色んなところへ出かけます。
ある日、ウリをしていて性感染症になった女の子と知り合い、
彼女と一緒にピクニックに出かけました。
川の水に足をつけてはしゃぐ彼女は、
まだ15歳の傷だらけの女の子でした。
お互いに作りあってきた弁当を広げ、
一緒に食べているとこう言います。
『アタシ…性病やねんで?
えーちゃんは感染るとか思えへんの?』
全く問題ありません。
HIVにしろ何にしろ、
どんな性感染症がどれほどの感染力を持ち、
感染経路がどれなのかを知っている僕は、
作ってくれた弁当ぐらいで感染らない事を知っていますし、
全く意識もしていませんでした。
ゆっくり河川敷で時間を過ごしていると、
『こんなにゆっくりしたんは初めてやわ』
とにっこり微笑んでいました。
今、子ども達に必要なのは、
下心たっぷりの歪んだ愛情ではなく、
まるで兄弟姉妹を愛するかのような、
下心ない愛情ではないかと思ったものです。
講演に行く先々で繁華街を歩いていると、
時折
『あ、えーちゃんだ!』
と声をかけてくる風俗の女の子がいます。
周囲から見れば、
僕は常連客のように見えるかもしれません。
ですが、その実態は、
性的なつながりを持たない、
心のつながりを持つ、
ただそれだけの『友達』の挨拶なんですね。
どう思われようとかまわない僕を、
子ども達が逆に気使ってきます。
まるでモンスターのように揶揄される事もある『非行』と呼ばれる行為をした子ども達ですが、
しっかり目を見て、
一緒に歩む努力をすれば、
こうやって気も使える良い子達ばかりだというのに、
非行だなんてカテゴリー、
ほんといらないですね。。。