昨日の豪雨が、晴れて気持ち良い朝を過ごせてますでしょうか?

 

 

日頃、アレ?と思った徒然を書いてます。

まあグダグダですけど。

 

さて、今日は先日NETでみた、神道説明系のお話。

 

 

「参道は、お産の時の産道を表していると言われています。

鳥居は、女性が足を開いて立っている姿、つまり股を表し、社殿は、女性の子宮にあたると言われています。神社をお宮というのはそのためです。

参拝とは、参道(産道)を通り、お宮(子宮)でお参りをし、産道を通り鳥居を出て、再び外の世界へ出るということなのです。」

 

って恐ろしいことに、なんちゃって神道説明系やスピ系詐欺子宮ネタじゃなくて、普通に神社さんの新年挨拶にあったよ。(驚)

 

ちょっとまって考えてみよ?

 

良い感じの説明だし、一見問題は無いけど。真実8割嘘2割って使い方次第では不味いやり方だけと思うんだけど...。

まあ、もっとも日本人は「うそも方便」(方便とは本来の目的のために仮に用いる方法のことで、決して単なるうそではない)なんていう言い方もあって、いろいろ許容範囲が広いんだけど。

 

 

そもそも、「子宮」って言葉、いつから云われたの?

どう考えても、医学専門用語の和訳だから、もとはラテン語で明治時代以降だよね。

一方、ミヤとかヤシロなんていう日本語は千年以上前から使われてるし。

 

1000年以上前からあるものを、100年そこらの言葉で本当の意味は云々っていわれても、どっちが後かで嘘ってバレるよね?

 

そのミスリードがどこにつながるのか問題なんだけど、一度納得しちゃうとなかなか方向修正できないので気をつけましょう。

 

これらの誤解や錯覚は、日本では表音文字と表意文字の2種類が混合して使用されてることに原因があると思う。

 

皆さんがよくご存じのように、漢字は表意文字。ひらがな、カタカナは表音文字なんだけど、もともと漢字は外国伝来だから、よけいに誤解を生んでると思う。

 

特に、仏教なんかは漢字と一緒に伝来してるんだけど。元々は中国のものでは無いから、表意文字の漢字で表音文字的な使い方をしちゃってるんだよね。一般人から見ると如来さんも菩薩さんも仏さんで区別がつかないんだけど。

 

菩薩さんは、サンスクリット語(パーリー語)でボーディサットヴァという言葉を漢字で表音表記したもので、悟りを求めて修行している人のことという意味。ちょっとイメージと違うよね。

 

さて、「お宮」の本当の意味なんだけど、もともと神道は古代の日本人が持っていた、多種多様な信仰の集合体だから、決まったモノが一つだけでは無いんだよね。だからみんな好き勝手に語って妄想願望が混在しちゃう結果になる。

 

だから、これは僕の妄想願望くらいに理解してね。

 

「ヤシロ」「ミヤ」共に、古い神信仰形態を表してる言葉で、元々の信仰は住まいの近くで生活の恵を与えてくれる山や海を神様の住まいと認識して、さらにその山の中の大岩だったり巨木大木に神様の場所を思って、その大木の枝を移動することで、神様も移動できるという信仰になった。(これは今も神社さんで地鎮祭とか頼むと榊の木を神様の依代とみたててお祭りをする信仰で残っている)

 

 

今年は長野県諏訪湖のほとりにある諏訪大社の御柱祭(オンバシラマツリ)があるけど、これなんかまさに山の神様を里に持ってくる祭だよなあって思ってる。

 

御柱を神様の居られる建物としてみたててるわけで、つまり「屋代」(やしろ)=社って事だよね。で、そのうち建物にみたててるから屋根がつくよね。「御屋」(みや)=宮と、つまり「お宮」というのは「屋根のある神様(偉い人?)の住居」を丁寧にいってみた。という意味だと思う。

 

ということで、良い感じのうそにごまかされないでね。