人間というものは自分が嫌うことは構わないが、あっちから嫌われることには我慢がならない。互いに嫌い同士であったとしても、心の底だけで嫌っていたとしても、ネガティブな感情については一方通行のベクトルを望んでいる。気づかなければ良かったのに嫌われていると知るのは、どうしたって方向を定めたこのベクトルのせいなんだろう。

 

案外、嫌っているものに嫌われていることはよくある話。捨てたと思っていた失恋に実は捨てられていたとか、手放してしまった過去に手放されていたとか。そんな話は耽美な詩に任せておいて、ちゃっちゃと凡人は次なるベクトルを見つけようじゃないか。誰しもジャン・コクトーになる必要は無いからさ。

 

過去に間違いなく手にしていた支配がいつの間にかコントロールを失っている。それに気付いて世をうらむような人間になりたくない。過去の恋愛も、夢も希望も、喪失感も、うっかり作ってしまったXのアカウントも、全部この熱帯夜に預けてしまおうじゃないの。

 

そう言ったからには、ベクトルの納まる鞘を自分で見つけてやらないといけない。煮え湯を飲まされた矛先は、切っ先を真っ赤に腫らしながら居場所を探している。気を付けろ。理由の付けやすいところはどこだって構わないぞ。この煮え湯で爛れた喉から吐かれる呪詛はどこへだって向かっていくぞ。

 

昨日から今日にかけて、何度捨てアカのメールアドレスを開いたか知れない。まだ来ない、まだ来ないと恨みを募らせているのは、この存在が大嫌いなSNSからの返答を待っているせい。数あるSNSの中でも、最も嫌いなXにネガティブのベクトルは向いている。

 

「やっぱり、大っ嫌いだ」

 

いくつも設置したパソコンモニターはこんなことに使うために購入したのではない。もっとずっと大いなる目標と実行のために必要だったのだ。図面を書いたり、比較検討したり、デザイン性を高めたり、見積書と請求書を見比べたり。Xからのメールを受信するために、その一角を譲り渡すことは決してあってはならない。絶対に、だ。

 

この存在が嫌うものは多い。

 

アニメやそれに付随するいろいろ。インターネットのデマや誹謗中傷。学生の小論文用にコンパクトにまとめられた真偽不明な情報。他アジアへの差別、偏見、またはそれらを利用した日本を神格化させるトピック。最近だと『軒の出っ張りが無い家はやめろ』とかいう無意味な拡散動画。それから、これはとても個人的に苦手なおばけのコンテンツ。

 

それらが好きな人を否定はしない。むしろ好きな人が多いから量産されているんだろう。この存在1人が、こんな文字しかない場所で嫌いだと言ったところで何になる。ここにジャンヌダルクはいない。ただの偏屈で1人よがりな人間がいるだけ。しかし、それらの嫌いなものが全て揃っているXからの返答を待つ己には我慢がならない。

 

あんなに問合せフォームに書き込んだのに、ずっとツンとされている。「どうせ私のこと嫌いなんでしょ。困ったからってすがりついて来ないでよ。みっともない」と言われているようで気分が悪い。

 

こいつのアカウントは作りたくて作ったわけじゃない。それに、困りたくて困っているわけじゃない。日々、更新されるイベント情報を顧客からもらうばかりでもいけないから、一般に公開されるそれが欲しくて作ったのだ。担当者が間違えている場合も多いから、本当に仕方なく作った。

 

鍵付きのファイルにはワードで作成された各サイトへのログイン情報を記載している。もちろんXの情報も書き加えてある。ユーザー名とかいう@から始まる英数字も入れた。いかなるサイトでもパスワードを保存しないから、こうやってちゃんと対策しているのだ。

 

『あなたは間違っています。』

 

「はぁ?間違えてないっつーの」

 

何度やってもエラーメッセージは変わらなかった。あんまり間違えるとロックされるらしく、デバイスを変更してやってみた。ちなみに、このために携帯電話にアプリをインストールしている。

 

『アカウントが存在しません』

 

「いやいや。電話番号も教えてやったでしょうが」

 

仕方なく同じメールアドレスで新しくアカウントを作成した。作成するために自転車のタイルや信号機のタイルを5回も踏むのがマジでダルい。ログイン状態を維持するために、ログアウトをせずにパソコンを閉じた。

 

翌日、捨てアカのメールボックスに最初に作成したアカウントから大量にメッセージが届いていた。英語だったから「大したこと無いだろう」と思ってXを開くと凍結されている。

 

「ノーダメなんで。無敵なんで」

 

もう1つのアカウントを開くと、勝手にログアウトさせられていた。嫌な予感は当たり前のように当たり『あなたは間違っています。』と言われる。調べると解決策としてキャッシュとCoockieを削除するらしい。どうしてこいつのために他のアカウントを犠牲にしないといけないのか。

 

Xのために、AdobeやCADに入り直すわけあるか。「もういいんで。くだらないんで」と言いながらも、まずいことに気が付いた。これも何かにつながるかと思って事業者名でサイトに登録してしまった。このままインターネットの海に放っておくわけにいかない。

 

客がフォロワーであるこの存在のアカウントに連絡してしまって見れなかった、なんてことがあるのかどうか知らないが、それはすごくまずいのだ。

 

慌ててXの問合せフォームにメッセージを送った。それなりに誠意を込めたはずが、いつの間にか『そちらのサービスに欠陥があるせいで、こちらは不利益を被りそうです。落とし穴を掘っておいて、落ちたのはそちらの責任といった態度はいかがなものか』とウザいジジイのクレームみたいな内容になっている。

 

送信してから丸2日が経った。

 

確かに『アカウントを削除しました、以外の連絡は不要なのでログインのやり方などは送って来ないように』とは書いてある。だからといって放っておかれるのは、フツフツと怒りが湧いてしまって精神衛生が良くない。どうしたものかと悩むのはムカつくし、相手に頭を下げて泣きつくのは滑稽。

 

人間は嫌いだと思っていたものに嫌われている。だから、こうして1人相撲でイラついている姿を笑われても仕方ない。嫌ってもいいが、嫌われることは許せないなんて平等に欠けるじゃないか。この存在は差別はしない。

 

熱帯夜に預けるこの話は、耽美な詩か恨みの呪詛か。どっちでもいいから早く連絡ください。すいませんでしたって、ちゃんと言うからさぁ。ねぇってばぁ。ごめんってばぁ~。