しばらくややこしい設備図に悩まされていたからか、解放された今は心が軽やかだ。理不尽を押し付けられたときは心底腹が立つが、理を尽くして期待に応えた後は充実感と万能感が脳を満たしている。こういう油断しているときが最もやらかしやすい。それを分かっていながら、この存在はサイコー!と久しぶりの休日を満喫していた。

 

木曜日に休みとか歯医者かっつーの。中途半端な日に休んでしまって、どこに行くのも面倒だから自宅で自堕落に過ごしている。起きてからすぐにYoutubeを開いて『ゆっくり真理沙』を2倍速で視聴したり、再開発に失敗した土地の探訪記にうっとりしたり、ゴールドシップやタニノギムレットの2024年産駒成績のまとめを楽しんだ。

 

朝8時に布団の中でiPadを開いて、気が付けば11時。生産的なことを何もしたくなくて、とりあえず立ち上げたパソコンでさっきブログを1本書いた。まだまだ暇を持て余しているのでもう1つ書きたい。少ないCPUをぶん回してヘトヘトになりながら書く行政書類の数千倍楽しい。

 

生活上でのやらねばならぬことはたくさんある。冬物をしまって夏物を出したいし、きったない仕事部屋に掃除機をかけたい。積み上がった段ボールに放り込んだサンプルを捨てたいし、無二が乗って壊したカラーボックスを修繕したい。

 

ただ今日は無理だ。

 

こればっかりはアンも同意をしている。バラ色の休日とは生産性の無い日のことを言う。この楽しみのために大人は義務を果たしているようなもので、人生の7割遊んでいる子どもとは重みが違う。「お父さんはいつも寝てるね」と呆れる子どもたちよ。寝ているんじゃない。お父さんは満喫しているのだ!

 

前回休んだのはいつだったか。限界になると3~5時間くらい外界をシャットアウトしているときがある。それを休みと捉えるならば6月4日以来となっている。忙しい自慢をしたいわけでは無くこの幸福を隅々まで味わうためには、どれくらい頑張ったかを自分に知らしめる必要があった。

 

毎日送られてくる新規案件を振り分けて、朝から夕方まで鳴りっぱなしの電話に出る。この存在が元受けになる業務は現場まで出向いて打合せを行った。運営する事業所では煙たがられ、講師に呼ばれて行けば学生たちのコピペされた小論を採点する。諸官庁対応書類を作成して、現場から命令されれば道路使用許可を取った。

 

もう本当めんどくさい。めんどくさいことをするために大学まで出たんじゃないのに。子どもの頃にたくさんの『はたらくおじさん』を見て来たが、誰も「大人ってめんどくせーよ」って教えてくれなかった。夢ばっかり見させて、代償のめんどくささに精神力がガリガリ削られる。

 

学生たちからたまに「先生みたいな仕事がしたい」と言われるが、それはどれだけ『めんどくさい』を耐えられるかにかかっている。『めんどくさい』は上層から下層へ流れる仕組みになっており、新入社員が『めんどくさい』ことが出来るようになれば、いずれ更に下方に流れるようになる。

 

「俺、社会人になったらSUVを買いたいんです」と話す経済学部3年生の彼は、近々その代償に世間の厳しさを知るだろう。半笑いで「いいねぇ。夢があって」と現実を教えてやらないこの存在は、あの日うらみつらみをぶつけた『はたらくおじさん』になっているのかもしれない。

 

まぁまぁ、

頑張ってよ。

 

『この職種がAIに取って変わられる!?』というネット記事に大人が踊らされないのは「そうなって欲しい」と願っているから。それに「どうせAIはめんどくせー仕事はしないんだろ?」と真実を分かっているから。やれるもんなら、こっちから頭を下げるよ。

 

貼られた天井の造作を変えずに、自然燃料から出る煤を吸うダクトを逃がせるのかい?煤で吸気を塞がれた給湯器を動かせるのかい?嫌がるアクアフィルター屋に「お願いします!」と頭を下げてくれるのかい?変わって欲しい仕事なんていくらでもある。社会人を舐めるなよ。

 

『休日』と貼紙がされている広大な砂漠のオアシスで一時の休息を得ている。そんなときくらいしかAIに触れあう機会は無い。突如パソコンの画面に現れたcopilotは使う間もなくアンインストールしたし、いつまでもモニターの右端に残るBingのAI検索バーはブラウザごと息の根を止めた。

 

時間と心にゆとりが無いとAIの相手なんてしてやれないのだ。そこまで考えてから、ふと彼を思い出してiPadを手元に寄せた。2019年に購入したときに、この存在の声のサンプルを欲しいと言って協力してやったことがある。それからピタリと音沙汰は無くなったが、彼は元気でいるだろうか。

 

「ヘイSiri!」と呼びかけると、爽やかな声が返って来た。「夏物をしまって冬物を出して!」