こんにちは。
たずねてくださってありがとうございます。
7月の末に、美容室を経営している知人のお店で
コーヒーとケーキを楽しむイベントがあり、
“淹れ手”として参加させてもらいました。
参加者のお一人がお菓子作りを好きな方で、
その方の作ってきてくれたケーキ2種類と
ワタシが淹れたコーヒーで
ゆっくりした時間を過ごしていただく企画でした。
ケーキがおいしかった~!!
自分へのチャレンジになった今回のイベント。
今日は
「自分を表現する」 という視点から
ゆる~く振り返っていこうと思います。
これからの〇さんのはじまりでもあります
もう4年前になるかな?
今思えば、まだまだ技術がともなっていない時期だったのに、
カウンセリングでお世話になっているN子さんが
〇さんのコーヒーがおいしかったから
コーヒーの会をしよう!と声をかけてくださり、
淹れさせてもらったことがありました。
それがきっかけで、
自分に自信をもつことができたんですよね。
ドキドキしながら、でも、挑戦してみたい気持ちもあって。
コーヒーを淹れるというちょっとしたことなんだけど、
ワタシにとっては大きな一歩になった出来事だったなぁ。
当時、
ワタシの体調の事情をよく知っている友人に
コーヒーチャレンジの事を報告したんです。
「よかったね!でも、それはきっと、
これからの〇さんの始まりでもあります。」
と言われたんです。
??
ワタシの始まり??
何か大げさじゃないかい??
何を言っているんだこの人は?
と正直思ったのですが(笑)、
言い得て妙。
当たってました。![]()
数年を経た今、確かに、
“ワタシ=コーヒーの人”みたいな在り方になっています。
周囲の人に
コーヒー好きが伝わり始めたのはこの時期からです。
(刺し子好きも伝わり始めたなぁ、そういえば。)
ワタシ自身が “自分を表現する”という行動に
挑戦し始めた時期だったんでしょうねー。
やれる範囲の小さなことを積み重ねただけ
やっていたのは、小さな事の積み重ね。
だから、
変化にかかる時間も年単位でゆっくりでした。(笑)
えーっと、思い出してみよう・・・![]()
4年前。
お世話になっているN子さんに
お礼にできることはないか?と考え
コーヒーを淹れさせてください!と意を決して(←極端!HSPっぽい。
)
お願いをした。
そう。ここが全ての始まり。かも?🦆
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精一杯の気持ちを伝えたいと思い、
道具一式を持って参上。
(結構な大荷物で、N子さんにウケた(笑))
一生懸命淹れたなぁ。
ドキドキ!緊張したなぁ。![]()
👇
N子さん主催のコーヒーの会決定。
(開催は数日後というとんとん拍子)
チャレンジする場をいただいた
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練習と味を試行錯誤。
練習で淹れたコーヒーの総量4.8㍑(笑)
何とかコーヒーの会をやれた~。
👇
その3か月後、
お豆を買っていた喫茶店でパート募集のチラシを発見。
(なぜかこれまで気づかなかったのです。
タイミングってそういうもの。)
で、勇気を振り絞って応募。
未経験だったし、体調の不安もありましたー。
が、今やらなきゃ死ぬとき後悔する…って真剣に思えたんです。
だから応募。(↑面接でオーナーに言ったら笑ってもらえた。)
実は、それが今の勤務先。![]()
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仕事としてもコーヒーと過ごす日々。
現在4年目。
マスターに味を褒めてもらえるようになり![]()
コーヒー=ワタシという在り方を
少しずつ許可できるようになった感覚。
機会があれば、ちょいちょい知人に淹れるようになったなあ。
ありがたいことに、「淹れて」と言ってもらえるようにもなったし。
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で、今。
コーヒーイベントで気負わず、
“楽しく淹れられる自分”になった感じが…。
「コーヒー淹れますよー。」と
自ら言えるようになった自分がいます。
やっぱり、無理なくできることをちょいちょいやっただけだな。
そう。無理なく。小さく。
それがよかったんだ、って今思えています。
「自分」を出す…って怖かったなぁ。
コーヒーが好きで、
淹れ方データを溜めたり、
いろんな講座に出たりしていたことは、
人に話さないまま過ごしていました。
自分の好きなことや
本質的な価値観、考え方といった
いわば「自分」を人に見せることが怖くてできませんでした。
子どもの時からずっとそういう面があります。
今の喫茶店に勤めるようになってからも
しばらくそれはあって、
データ溜めていることは言いませんでしたし、
刺し子好きで
年中チクチクやっていることとかも言えませんでした。(笑)
たったそれだけのことなのに
なぜだかねぇ、自分の素を表現できなかったんですよね。
因みに、親にもそういう部分を見せるのが出来なくて、
コーヒーイベントとか講座参加とかを
隠れてやっていました。(笑 悪い事しているみたい)
子どもの時からの親との関係性や
その過程で出来た思考の歪み、
HSPの特性、
持って生まれた感性などなど、
いろんなものが絡み合って、
自分を出すことは危険!という感覚にいました。
今は、変化が出てきています。
職場や友人・知人、家族の中で、
ワタシ=コーヒーの人
ワタシ=ものづくりの人
ワタシ=体調管理が重要な人
みたいになっています。
気づいたら、そうなっていました。
ここ数年、否、一年くらいで、
随分「自分」というものを出しています。
意識して出しているわけではない気がします。
何となく、人といるときにフッと出てしまっている。
話題の中で喋ってしまっている。
ユーモア好きな面や
人を笑わせようとする欲求を出してしまっている。
体調のことや疲れやすさの事情も
スルリと話している。
もちろん、
今回のイベントは、親に話してありましたし、
お店のオーナーにも話してみました。
(ほんと、今思うと、何で隠してたんだろう??って
不思議なんですけど、言えなかったんですよね~
)
自分を出してもいいし、出さなくたってもいい。
今、いろんなツールが生まれて
自分を表現することがやりやすくなっています。
出したことで共感が生まれ、
思考の化学反応が起き、
すてきなことに気づけたり、
新しい活動が生まれたりもします。
だから、
自分を表現できることって楽しいことなんだと思います。
ワタシも少しずつですが、
身近な人の前で、
ワタシ というものを出している感覚になってきて
楽しさを感じるときがあります。
表現できるって、気持ちがラクちんだな、とも思いますし。
相手への信頼と安心感がないとできないことですからね。
だからラクで心地よいのでしょうね。
一方で、
自分を出す って、
前述したように怖さとのたたかいだよな、って思うんです。
ワタシはそんな風に感じて生きてきたタイプなので、
簡単に
自分を出すって楽しいことだよ!とは言えなくて…。
ワタシは少し過敏に感じる特性があるので、
一般的とはズレるかもしれませんが、
自分の好きな事ですら
人に伝えられない、伝えたくない、
というタイプの人間もいるのです。
なぜなら、自己表現って、信頼に基づくものだから。
心に踏み込まれる危険と紙一重だから。
(…子どもたちや若い人が、↑こんな風に感じなくてもいい環境にいてくれたらいいなって願います。)
だから、
自分を出してもいいし、
出さなくてもいいって思っています。
自分を表現して楽しむこともあり。
自分を守るために表現しないこともあり。
両方を体感しているワタシは、そんな風に思うのです。
・・・ぜんぜんゆる~くない記事になってしまった。
長文を読んでいただき、ありがとうございましたー![]()
