シングルマザー奮闘記(幼少期2)
さて、シングルマザーになったからには
働かなきゃならん。
働くには子どもを保育園に
入れなきゃならん。
でも、就職の面接では
「お子さんの面倒はどなたが?」と
訊かれ、保育園の入園手続きに
行くと「フルタイムの仕事」を
要求される。
卵が先か鶏が先かって感じです。
結局、無認可保育園に数ヶ月
預けた後、認可保育園に
移りました。
この無認可保育園がその後
色々と問題が明らかになった
「ちびっこ園」で、保健所の
立ち入り検査に異常にナーバスに
なっていた職員達を見て
感じた不信感の通り、
その後わかったこの園の実態は、
「息子よ、よくぞ無事にいた」と
ゾッとするようなものでした。
母子家庭は、経済的に弱者で
あればなおさら、いろんな危険に
巻き込まれやすい。
シングルマザーになった理由は
それぞれでしょうが、子どもに
罪はない。
だからこそ、暖かい目で
そういう小さなファミリーを
見守ってあげたいと思います

シングルマザー奮闘記(幼少期)
さて、受験については
ひと通り書いたので、
もうちょっと遡って
親子ふたり暮らしだった頃の
日々の生活について
振り返ってみようかと
思います。
30歳の時、4年程の結婚生活に
ピリオドを打ってシングルマザーと
なりました

息子は2歳になったばかりでした。
今思えば、ダンナには何の
落ち度もなく、地方出身でフツーの
サラリーマンだということで彼を
嫌った見栄っ張りの毒親のせいで
離婚に至ったようなものでした。
なので、幸いかな、息子に
パパの存在を否定したり、
悪口を言ったりしたことは
なかったように思います。
しかし、2歳の息子に
突然パパが帰ってこなくなるという
事実はうまく理解できなかったようで、
離婚から半年程が過ぎた頃、
急に「で、パパはいつ帰ってくるの?」
と訊いてきました。
「へ?パパはもう帰ってこないんだよ⁉︎」と
話すと、
それはもう子どもの声とは思えない
叫ぶような泣き声をあげました。
ソファーに突っ伏し、吠えるような、
恐ろしく思えるほどの声でした。
パパは「今はいないけど、いつか
帰ってくるもの」と理解していたん
ですね…

あの家中に響き渡った
息子の泣き声を一生忘れません。
そして、そのことは
何があっても息子をこれ以上
不幸にしないという決意を
シングルマザーとしての私に
ずっと忘れさせない
出来ごとでもありました。
学歴とは…
理3に4人のお子さんを入れた
ママさんの話題に加えて…。
確かに入れようと親が努力すれば、
それなりの結果がついてくるので、
今や書店にも子どもを医学部に
入れるためのHowto本が並ぶように
なりました。
でも、これはあくまで
子どもが医療という道への進学を
真剣に考えたらの話であり、
このHowtoにしゃかりきになる
親というのはあくまで
「庶民」なんだよなぁ〜と
この頃思いますwww.
友人にケタ違いのセレブちゃんが
いますが、私大医学部に通う息子に
ついて、「医学部に入れた」なんて
気負いは微塵もなく、
ホワイトデーを前にして冷蔵庫が
ピエールエルメのマカロンの箱で
いっぱいになることの方が
重要な話題だったりします

医学部に限らず、それなりの
大学に進学すると、やはり
御三家やお嬢様中高を母校とする
子ども達はそのコミュニティを
自然と形成します。
だから、親が子供に与えられる
ブランドとして、親の努力が
必要なのはやはり小学校受験や
中学受験なのかもしれません。
マスコミが伝える内容を
鵜呑みにすると、日本は
あくまで最終学歴重視に
思えますが、社会に出て実感する
「学歴」は決してそうではないと
公立育ちの私もしみじみ感じた
ものでした。