今日は、東日本大震災からちょうど4年目の3月11日。

昨日は、東京大空襲から70年目で白黒の照明だったそうですが、今日は震災の日で「明花(めいか)」という照明でした。



昨日は見逃しましたが、今日は仕事が終わってから東京湾沿いの海釣り公園へ行ってみました。

今日は、風が強く波も立っていて、しかも、ファインダーをのぞいたら景色が揺れていました。

今夜は寒かったのですが、気温に対して海水温が高いせいでかげろうの様に空気が揺れていたようです。

そのため、対岸のスカイツリーはぼんやりとぼやけて見えました。








スカイツリーの公式ページによると、墨田区の小学生が考えた花をモチーフにしたデザインだそうです。

一見するとピンぼけ写真みたいですが、今日は600ミリのレンズを使ってこれが限界でした。

早く仕事が終わっていたら、都内まで行って鮮明な写真を撮りたかったです。


あの日、市原市の海岸沿いに住んでいた私は、職場から許可をもらい、17時前に帰宅しました。

職場を出る前にはすでに、五井海岸のコスモ石油で大きな爆発があり、高く吹き上がる炎と黒煙を見ながらの帰宅でした。



コスモ石油からは、「2度の爆発」と発表されていますが、実際には帰宅してから3回の爆発がありました。

現場から家まで、2キロも離れていない場所だったので、風向きの関係でものすごい煙が家の上に流れてきて、外が薄暗くなりました。

そして、記録に残そうと写真を撮っていた時、音もなく目の前がオレンジ色に光りました。

普段日が射すことのない家の陰も空も道もみんなオレンジ色になりました。

その後送れて「ドカーン!」という爆音と共に熱い爆風がブワーッと吹いてきて、いろいろな物が降ってきました。



あまりの明るさにピントが合わず、急に降り出した雨が爆風の勢いでレンズに付いてしまい、その瞬間を残すことはできませんでした。

でも、かなりの期間、夕焼けを見るとあの瞬間を思い出し、冷や汗が出てドキドキするようになりました。



震源から遠く離れた千葉でさえこんな怖い記憶が残っているのです。

津波に遭われた方、原発事故で避難を余儀なくされた方、大きな揺れを何度も体験された方。

もっともっと怖く辛い思いをしている人がたくさんいらっしゃるのです。



1月末に原発近くの国道6号線を通ってきましたが、「復興」の「ふ」の字もないような状態でした。

東京オリンピックを誘致し、盛り上がっている人たちがいます。

悪いことだという訳ではありませんが、その準備も含め都内の建設ラッシュの陰で、職人さんや建設機械などが被災地に回らなくなったり、工事の費用が何倍にも高騰したりと、復興が思うように進んでいないことを多くの人に知ってもらいたいです。



私の母方のルーツは福島県いわき市周辺です。

ブログで知り合った方も、原発関連で未だに大変な思いをしています。

少しでも早く、本当に復興する日が来ることを祈るばかりです。