オモニたちのアクション
【9月8日・金曜日】
この日に参議院会館で行われた朝鮮学校の「無償化」適用と補助金給付再開を求めるオモニたちのアクションでは、文科省から出てきた三人の職員に各地のオモニたちがそれぞれ、国と制度による差別の現状を訴えた。
「七月一九日の判決を聞くために、中級部の生徒たちはキャンプの予定を一日早めて戻ってきました。うちの学校は幼稚班のある初中高級学校なのですが、幼稚班の幼い子でも裁判だというと理解してくれて、自分の楽しみを後回しにするんです。そして裁判に参加する高級部生を門の前まで送り出すのです」

「無償化の適用を求めて街頭に出ると怖い思いをすることもあります。それでも子どもたちはまた出ていきます。自分たちの権利を守るのだと。そんな子どもの姿を見る親の気持ちがわかりますか?」
「日本の学校でも民族教育を実施しているといわれます。うちの近所の公立学校にも確かに民族学級はあります。でもそこで言葉を学べても、私たちの文化は学べません」
「サッカーで思い切り走ってボールをけり、思いのたけを舞踊で表現する子どもたちの姿は感動的です。そんな姿を見て感動しながら同時に彼らが差別されている現状に怒りがこみあげてくるのです。感動と怒りがいつもセットなのです」
「阪神淡路大震災の時、当時の西神戸の朝鮮学校は、朝鮮人にも日本人にも開かれた避難場所として役割を果たしました。けれど朝鮮学校に対する復興のための補助金はほかの学校の半分でした。朝鮮学校は私たちにとって宝ですが、日本社会の財産でもあるはずです」
「私たちは恩恵を施してくださいといっているのではありません。この日本の社会で同じように暮らしていいのだという平等な権利を求めているのです」というのは、オモニたちの一貫した主張だった。

続いて文科省前で行われた金曜行動。夏休みに愛媛県に行っていたという学生。「愛媛県にも朝鮮学校があります。人数はわずかですが、子どもたちは先生や同胞、周りの日本の方たちの愛情をいっぱいにもらって育っていました。朝鮮学校はなくなりません。そのために僕たちが日々勉学に励んでいるのです」という言葉は心強かった。
集会には数十年前に京都のハッキョで中学生の頃に教えた生徒たちが何人もオモニ会代表として参加していた。こういう場での再会は、人生のご褒美をもらったような気分にさせてくれる。民族教育はしっかりと、そしてかなりバージョンアップされて受け継がれている。(この項、金淑子)
*9月下旬に刊行する『朝鮮学校のある風景』45号に載せます。