だいぶすっきりしました。東京第三の樹木
【10月29日・木曜日】
夏休み明けから毎週木曜日、教育会の金柱宇顧問が行ってきた校庭の樹木の剪定、この日は「助っ人」へ。
運動場では児童がボールを投げ合っていた。全先生の声が、三年生の体育の時間のようだ。塀越しに目が合うと、児童は「アンニョンハシムニカ」を、授業の邪魔になるので急ぎ校庭に出る。

金顧問が剪定した樹木の枝と枯れ葉を分けていた。
一緒に作業をしているはずの校長と教務主任の姿はない。六年生の修学旅行に同行して行ったようだ。早速持参した軍手をはめて合流。
「昼の弁当注文しておいたから…」
話しながらも金顧問は手を止めない。校舎の裏手の枝を校庭まで運び、枯れ葉集めをすることになった。


塀の金網を覆い、うす暗くて子どもたちに恐れられていた校舎の裏の樹木もきれいに剪定されていた。肌寒い。しかし、太い枝と落ち葉を分け、校庭に運び出して三〇分もすると汗が滴り落ちてきた。
私・「トゲがある枝があるようで…刺されました」
金顧問・「それは夏ミカンの木…バラに比べると長く、鋭いから気をつけないと…」
校長と教育会の副会長として在職中、教科書に出ている植物を子どもたちが触れられるようにと、樹木を植え、世話をして来ただけによく知っている。
いがから栗の実が顔をのぞかしていた。一年生にプレゼントしようと思って拾い集めたが、人数分に足らず、勝手に家に持ち帰った。

この五~六年、母校の東京第三に通い続けたが、校舎の裏手に大きな池があるということをはじめて知った。樹木に覆われ、ブドウのツタが絡まり、遠目からは見えなくなっていたようだ。
私・「池があるなんて…」
金顧問・「校長時代かな…セメントで固め、防水材を何度も塗っても水漏れして…側面のガラスは丈夫な新幹線の窓ガラスを…」
顧問は「水草がないからふ化はしないと」とも語っていた。

学校に着いたのが一〇時を回っていたが、一段落すると昼食時間だ。いつものように校舎をひと回りする。どの教室に行っても大きな声で「アンニョンハシムニカ」だ。

一階と二階の間の踊り場では、昼食を済ませた児童が歯を磨いていた。鏡を見ながら歯を磨いていた女子児童は、鏡越しに「アンニョンハシムニカ」をしてくれた。

午後の一時限目、一年生は図工の時間。発泡スチロールで作った「舟」らしきものを、校庭裏の庭に浮かしに来た。
「…暗くて…行きたがらない児童もいて…」と、心配顔だった張先生はすっきりした校庭裏を見てひと安心したようだ。
いくつかの「舟」はまっすぐに浮かばず、すぐ倒れてしまう。それでも児童たちは金魚が泳ぎまわる池で楽しそうに「舟」を浮かべようとしていた。
ひっくり返る「舟」をみて、張先生はなぜか「ヘルプ!!」と一言。児童たちは「セロテープ?」。先生は「セロテープではなく、ヘルプです」と、幾度か繰り返していたが、児童たちには伝わらなかったようだ。

児童たちは、校舎に入る前、枝木を整理する金顧問の前に立ち止まって、「コマッスムニダ」。金顧問は目を合わせようとしなかったが、顔はほころんでいた。

翌週11月五日の木曜日にも、樹木剪定の「助っ人」に行ったが、「指揮官」の金顧問が来られなくなり見送りに。三時限目の授業が終わったところで、屋上のバスケットボールのコートでは、男女入り乱れてシュート!! ボールを追いながらも「アンニョンハシムニカ」だ。

二階の四年生の教室では、床に大きな紙を広げ、その前で一人が寝転がって、何かを書いていた。もう一人の児童は両膝をつき、それをのぞきこんでいた。
私・「何しているの?」
児童・「ピョッポ…」
壁新聞を書こうとしているようだ。

四時限目が始まる。五年生の教室では二人、四年生の教室では一人、教室の後ろに立たされていた。いずれも男子児童。
「…울린것이 몰라서(なったのが分からず)…달랑달랑(タルランタルラン=テクテク)…」、「…빨랑빨랑(パルランパルラン=さっさと)와야지요(来なくては)」
そんなやり取りが聞こえた。始業時間に遅れたようだ。カメラを向けたら恥ずかしそうにうつむいていた。とても写真は出せない。
二年生は図工の時間、児童たちに「장루미선생님의 아버지입니까(チャン・ルミ先生のお父さんですか)」といわれたので、「동창생입니다(同級生です)」と答えたら、張先生は笑っていた。

*加筆して、11月下旬刊行の『朝鮮学校のある風景』34号に載せます。