東京第9・一日給食の仕込みへ | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

トンポ・トンネ 日々イモジョモ

ブログの説明を入力します。

東京第九・一日給食の下ごしらえへ
【10月3日・金曜日】
 作業開始まで時間が少しあったので、いつものようにも校舎をひと回りした。
 まずは、二階に上る階段の踊り場にある、オモニ会による新(?)刊書案内をチェックした。東京第九に来る楽しみの一つだ。
 一年生は「3びきのかわいいオオカミ」、「ビーズのてんとうむし」。「3びきのかわいい子ブタ」と書いて、「オオカミ」と書き直した。
 二年生は「だじゃれ日本一周」、「たいようのおなら」、後者の本には「豊かな感受性にあふれた子どもの世界」と書かれた帯府がついていた。
 三年生は「とっておきの名探偵」と「まよなかのぎゅうゅうネコ」、四年生は書き忘れてしまった。五年生は「徳川家康」、「豊臣秀吉」、「織田信長」、「平清盛」の四冊。「次は戦国武将ものを」と言っていたオモニの言葉を思い出した。六年生は「リキシャガール」と「両親をしつけよう!」だ。子どもに「しつけ」られないよう、アボジ、オモニたちも読書に勤しまなければならないと思った。
 
イメージ 1
 
午後の授業が始まっていた。教室からは、受け答えする児童の声が漏れていた。ドア越しにのぞくと、黒板を見ていた児童が振り返って、挨拶をしようとするので、そそくさと退散した。
 
イメージ 2
 
 一年生の教室からは、笑い声が聞こえた。掃除の時間だ。ほうきで集めた塵を塵取りで上手にスクっていた。滑って転んだのか、ふざけているのか、一人の女子児童は寝ころんだままだ。
 一〇月に入ったというのに、全員がまだ半そでのシャツだ。担任の康先生も半袖だ。授業を受けていた児童も、ブレザーを着ていなかったのでは? 引き返して確認したら、ブレザーは椅子に掛けられていた。
 
イメージ 3
 
 一昨年から始められた、「阿佐ヶ谷朝鮮学校サランの会」による一日給食は、今回で八回目だ。一学期に一回、年三回、昨年からは、そのうち一回は、近隣の退職した先生と現職の先生による「出前授業」付だ。翌四日の出前授業プラス一日給食は、無償化連絡会の会員による学校訪問も兼ねているので、前日からの仕込みとなった。
 メインのメニューはクッパ、朝鮮風汁ごはんだ。児童たちに少しでも美味しいものと、地元で焼き肉店を営む同胞が、食材の仕入れから調理まで手伝ってくれることになった。
 一番乗りは、いつものように副会長の申さんだ。ウドの皮をむき始めていた。給食用ではなく、一〇月下旬のバザー用だと、言っていた。
 焼き肉店の店主は、さっそく大きな寸胴に肉を入れて、スープ作りを始めていた。「大根は、スープを吸うように…あまり厚く切らないで…」と、細かく指示していた。
 
イメージ 4
 
 授業が終わると、いつものように先生が厨房をのぞき「コマッスミダ」、「スゴハムニダ」だ。児童たちもだ。ドア越しに目が合うと、「アンニョンハシムニカ」だ。長谷川会長に事務局長の三木さん…「助つ人」の会員の顔がほころんでいた。
 午後六時間目の授業は体育。各学年とも一〇人前後、男女のばらつきもあって、合同授業だ。
 
イメージ 5
 
給食室に戻ると、ひきつづき煮物用のニンジン、こんにゃく、レンコン、長ネギなどをひたすら切り刻んだ。それに、助つ人に来た「サランの会」のおやつ代わりの柿の皮むきもだ。
 
イメージ 6
 
 途中退散。四時からの文科省前での高校無償化を求める金曜連続行動に参加するためだ。
 下級生の集団下校の時間だったので、その後を追って駅に向かった。 三年担任の金先生が引率、校門を出ると、黒い日傘を広げていた。「紫外線も大敵」の年頃だ。
 女子児童たちのおしゃべりは止まらない。途中、元気な声で「トルカボ」、じゃんけんだ。男子児童はその後を黙々とついて行っていた。
 
イメージ 7
 
 駅前の信号で立ち止まると、女子児童と先生とのやり取りが聞こえてきた。
 児童・「ソンセンニム、私のほうが背が高いのでは?」
 金先生・「そんなことないって…」 
 後ろから見ると、今のところは確かに先生のほうが高いようだ。が、年明けには抜かれているだろう。
 駅に着くと、女子児童たちはホームに向かって階段を一気に駆け上がっていった。途中、立ち止まって、もたもたしている男子児童を手招きしていた。
 「出前授業」は毎回楽しみに「参加」していたが、今回は所用で行けなかった。
三木さんから次のようなメールが届いた。
 「会員による特別授業は…にぎやかな雰囲気の中で無事終わりました。クッパは好評で、一三キロも炊いたご飯はほとんどなくなりました」