「100人レシピ」を見に西東京第一へ東京第一へ | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【11月30日・土曜日】
西東京朝鮮第一初中級学校へ。西国立駅で下車して小さな踏切を渡って、病院沿いに歩いて、目印はレンガの三階建ての建物だ。
自転車で通りかかった若者が学校の塀の掲示板を見ていた。
「本校卒業生のプロ」の文字が飛び込んできた。続けて「サッカー選手」とかなんとかという文字が貼られていたのだろう。画鋲の跡だけは残っていた。その下に、5枚の写真が貼り出されていた。U23‐朝鮮代表や、ジュビロ、エスパルスなどで活躍している、45、46、48期の卒業生だ。
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  1階左斜め前の「炊事室」では、2人の女性が大きなお鍋をかき回していた。
この日は「コッポンオリ幼児教室」と新入生の身体検査が予定されていた。
 顔見知りの女性は、ビニールの袋からジャガイモを取り出しながら、「コッポンオリのシチューです」。ジャガイモやニンジンは、オモニたちが手分けをして、昨日中に切ったとも話していた。 
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  授業が始まっていた。先生と児童の声が入り混じり、ざわめく校舎はいい感じだ。
2階で行われるという「幼児教室」へ。
「新刊紹介」コーナーで立ち止まる。「人間」、「愛」、「メガネをかけたら」、「空想科学読本5」、「プルガサリ」、「さくら」、「№6」の5と6、7、「オムレツ屋へようこそ!」、「オトタケ先生の3つの授業」。いつもの第9とは、違った「本」のタイトルだ。
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 会場をのぞくと、黒板にはブルー、ピンク、グリーン、イエローの4色を使って「꽃봉오리 (コッポンオリ=つぼみ)」の文字が貼られていた。そこらじゅうに風船だ。4、5人の女性が飾り付けに夢中になっていた。色とりどりの紙で作ったヘルメットのようなものが転がっていた。ロボットになってのファッションショーの小道具だということは、終了後アップされた写真で分かった。
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 いつものように校舎を一回り。3階の中級部の教室の前のどの壁も漢字と川柳で埋まっていた。
1年生は一文字、常・努・奏・咲・新・超・団…漢字の横に短い説明が付されていた。
「信・友達を信じ、力を合わせ…」、「壊・…立ちはだかる困難の壁を壊し乗り越える」、「鍛・あきらめず鍛えて…何事にも挑戦する」、各自が目標とする一文字を書いたようだ。
2年生は「未来に架ける二字」だ。「開花」、「前進」、「楽観」、「冷静」など既存の言葉ではなく、7割が作り出したものだった。
 「舞楽・美しい舞踊をきれいに楽しく踊る」、「常為・常に人の為に動く」、「親優・友達にはもちろん後輩にももっと優しくもっと親しくする」、「勉蹴・部活と勉強を…」、「蹴」だからサッカー部なのだろう。
3年生の四文字もまた、自作のオンパレードだ。
文部両道・風臨果山・我道一貫・舞友一心・努力不惜・努苦越勝・自厳他優・隣笑咲紡・力結心響。始発上等? というのもあった。それなりに目標をもって、楽しい学校生活を送っているようだ。
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 「みんなの川柳23句」。「読んで・笑って・楽しんで!」と書いてあったが、そのとおり笑って楽しましてもらった。
 「そと天使なか小悪魔な妹だ」、「手伝えと言われた時だけ勉強だ」、「十三歳脳年齢は六十歳」、「授業中先生熱心生徒寝る」、「一日の夜は天国朝地獄」。ベスト5を選ぶのが難しかった。 
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  階に戻ってくると、約束していた、いつも忙しそうな韓さんだ。
 この日の主な目的は、歴代のオモニ会から受け継がれている「100人レシピ」を見せてもらうことだ。
  棚には、オモニ会の会議録やら、活動日誌、イベントのチラシなどを閉じた何冊ものファイルがぎっしり並んでいた。
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  「オモニ会レシピ集」。給食の定番というべき、カレーのレシピがない。カレーは、ルーの箱に書いてある通りに野菜を入れて作るのが、子どもたちも食べなれていて一番美味しいとのことだ。
韓さんは教育会室でコピーができる手配をすると、「幼児教室が…」と言って2階に駆け上がっていった。この日も忙しそうだ。
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 冒頭に、「オモニ会で好評だった料理、残しておくと助かるかなと思うレシピのファイルです。コピーを3枚くらいは予備で入れておきましょう。最後の一枚になったら忘れずに補充してください。『使えるレシピ集』にしていきましょう」との注意書きが付されていた。
 チジミ、スタミナ丼(春雨ピビンパ)、キムパブ…夜会やバザーの定番料理だ。チャンジャは瓶詰100本分を、さきいかムンチは100袋分だ。
 地元の住民を対象にした料理教室など、小規模な交流会用の豆腐チゲ、煮たまご、卵とエリンギのチョリム、わかめスープ、カムジャチジミ、マンドゥ汁、ホットクのレシピもファイルされていた。
 材料に作り方、それに「生米7・6キロを炊くと16キロになる」とのメモ書きも。「実際に作ってみて、分量が違うのでは?…と感じたら…このレシピを修正して、次につなげてください」とのメッセージも記されていた。
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  玄関が騒がしくなっていた。幼児と新1年生が次々と上って行っていた。
 会場の教室の前で、韓さんは参加予定の幼児の名簿をチェックしていた。教室に入る幼児一人一人に「アンニョンハシムニカ」と声をかけて握手。握手を恥ずかしがる幼児とは人差し指と人差し指であいさつを交わしていた。
コピーを終えたことを報告しながら、二言三言言葉を交わした。
 「財産です。全国のウリハッキョのオモニ会が共有するだけではなく、女性同盟や青年同盟がイベントをするとき…」、「こういうものがあると、オモニ会の役員になっても…食べる側から作る側になっても戸惑わずに…」。そんな話をだ。
  別れ際、「そういえばまだありました。トン汁です。トン汁…メールします」。
「幼児教室」の椅子は埋まり始めていた。
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 2階から運動場を眺めると、ジャングルジムなどの遊具とサッカーのゴール門の後ろの芝が目に入った。2年前になるのだろうか、保護者と生徒、地元の同胞が運動場いっぱいに広がって一緒に植えたことが思い出された。残念ながら、サッカーなど激しい運動をする場には適さなかったようだ。 
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 再び、炊事場に行って、「100人レシピ」の実践の場の大きな釜と寸胴、業務用の大型冷蔵庫をカメラに収めた。
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  校舎の壁の大きな時計は10時23分を示していた。地元の朝鮮学校を支援する「オッケトンムの会」から贈られた時計だ。そういえば、炊事場の業務用の大型冷蔵庫は「チマ・チョゴリ友の会」からの贈り物だと言っていた。
 一息入れて、朝鮮大学校でのシンポジウムにどうにか間に合いそうだ。
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*「100人レシピ」の一部は、新年1月下旬に刊行する隔月刊誌『朝鮮学校のある風景』23号に、「その秘訣教えて」②で紹介します。(「記録かる会」)
 
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隔月刊誌『朝鮮学校のある風景』最新号(「お話」満載特大号)配本中!!
A5版・307頁・1280
目次などは