【8月26日・日曜日】地元分会主催の名栗川焼肉の集いへ
秦分会長のあいさつ-いつもの「コマッスムニダ」で始まりました。
今年は「酒飲み分会」から「学習する分会」に脱皮するのだと、
まずは「新しい在留管理制度」施行と関連した、人権協会制作のDVDの上映です。
女性弁護士が3つの問題点が指摘していました。第一は……、第二は??
人権の保障より、管理強化-様々問題があることだけは記憶に残りました。

つづいて、モランボン楽団のデビュー公演、エレキにミニスカ…これも「学習」とのことです。
日本のマスコミでも取り上げられた、テーマ曲を背景に腕立て伏せをするロッキーの姿や、
ミッキーに、プーさん…ディズニー? キャラが総出演していました。
「マイウェイ」もうたわれていました。一人ひとりが「自分の道を行く」ではなく、お国が「マイウェイ」?
分会長 ! 忘年会の飲み会の時、解説お願いします。

途中、休憩所で二台のバスが並んで止まりました。
一台はチョチョン(チョチョン)とチョンサンフェ(青年商工会)らが乗った「元気いっぱい組」バスです。
私はもう一台の40代以上、前期高齢者専用車です。
なぜか、子どもがバスの窓を開けようと、奮闘していました。
みたことのある、東京チェーサムの児童です。
目が合うと、一瞬キョトンとしていましたが、「アンニョンハシムカ」と頭を下げていました。

途中、スーパーで、少し多めの野菜と大量すぎるほどのアルコール飲料を買い込みました。
早速、焼肉の準備です。女性はひたすら野菜を洗って、切っていました。
男性軍は、炭火起こしです。みんな手慣れたものです。
できることをすすんで行う、コミュニティーのマナーです。

川底を掘り、スイカを冷やしているのは、副分会長です。水が冷たそうです。

この何年間、8月の最終日曜日、同じ場所での焼肉モイムはつづいています。
屋根付き、分会長が「雨男」だからです。豪雨決行です。3年前は確かに豪雨でした。
分会長は「今年は晴天にめぐまれ…」と、短くあいさつの後、本部の黄委員長もまた短く「チュッペ !」
すでに飲みはじめていましたが…。

子どもたちは、さっそく川にざぶんです。
今年は水かさが少ないようです。流れも緩やかで…大人たちは安心して飲み続けていました。


飲んだ後は、いつもの「歌謡舞台」です。黄委員長も、ウリマルでない歌、楽しそうにうたっていました! !
歌を聴きながらも、東京チェーサムの「懸案」など、少し深刻な話も交わされました。

オッケチュムもです。「盆踊り風」が約一名。

ビールに、ウーロンハイ…またウーロンハイ濃いめ! …「若者」は休む暇がありません。
それでも「ブログ…読んでます」と、素敵な笑顔のポーズをとってくれました。
かれらは、お腹いっぱい食べ.ることができたのでしょうか?

その一方で、続々と川に運ばれて行きます。
分会長、副分会長、青商会の会長にハナ信組の支店長、支部委員長…。
「携帯だけは預かって…」、「財布、財布…」。そんな悲鳴も…。
担ぎ手は「元気印」の青商会の面々でした。なぜか、韓国料理店の韓国人が先頭を切っていました。

「恒例」になっているので、みんな着替えを持参しています。
川にドブンの後は、待ち構えていた子どもたちと水の掛け合いです。
今年は女性同盟の委員長も運ばれて行きました。
「着替え持って来ていない」との必死の訴えが聞き入れられ…。

60歳以上は「免除」です。
新年会には、赤ん坊から後期高齢者まで100人超が集まります。
40代、50代が多く、60代はすでに「オルシン」扱いです。
商工会の会長夫妻は、川辺で孫娘と、「平和なひと時」を過ごしていました。
チョチョンの総務部長がカメラを向けていました。

延々と食べて、飲み続けました。
それでも、カルビ20キロとテッチャン14キロは、少し多すぎたようです。
チョソンサラムはいつも「プジマゲ」ですね。
女性同盟の韓分会長は、「来年は新婚さんも引っ張ってくる。チョチョンにも招集をかける」と、赤ワインのグラス片手に、決意表明していました。
来年は肉を少なくではなく、人を多く-この前向きな発想こそ、この時世でも分会が衰退しない秘訣かもしれません。
残った肉は全部焼いて、キムチなどと一緒に留守家族への「おみやげ」です。

最後に、記念写真。「朝鮮新報」の載せもらうと言っていました。
学校のクラブ活動などとも重なって、参加者が少なかったといえたいそうな数です。
女性軍はおしゃべりが足りないようで、男性軍は早朝からの「学習」で悪酔いしたのではないのですが…。
それに子どもたちはトイレ…。
そんなこんなで、並ぶまで約15分、バスの出発時間が過ぎているというのにです。
でもみんな笑顔です。楽しんだようです。
羽目をはずして、家に帰ったら「チョンファ モイム?」、反省文を書かされると言っていたのが、男女ともに約2名いたようです。

「危険」を察知してか、「一時避難」していた黄委員長も、記念写真の後、川に「連行」されて行きました。
あきらめがいいのか、無抵抗でした。

丁重に、沈められていました。上がってくると、だれかがタオルを渡していました。Tシャツは借りられたようです。
バスに乗るとき、座席を濡らさないようにと、ガイドさんから大きなビニールのゴミ袋が渡されていました。
中のパーキングエリアで、西陽に向かって、ズボンを乾かしていました。
この後、東京チェーサーの夜会に行くと言っていましたが、それまでパンツが乾いていればいいのですが。

帰りは、韓国の法廷映画が上映されました。
行きは「北」、帰りは「南」、どちらも接し、理解し、受け入れられるのが在日の強みのようです。
分会長と、その一派はまだ飲み足りなかったようです。後部座席では、例年通り、酒盛りが続いていました。
出発時間は30分ほど、遅れましたが、途中大きな渋滞に巻き込まれることもなく、無事いつもの場所に到着しました。
分会長、「来年のことを言っても鬼は笑いません。来年は8月25日です。よろしく」
結びの言葉は、「スゴハショッスムニダ」ではなく、朝と同じく「コマッスムニダ」でした。参加した同胞への感謝の言葉です。こっちが「コマッスミダ」を言わなくてはならないのにです。
東京の片隅のある総連分会の残暑厳しい夏の日の一コマでした。
次は11月の男だけの忘年会を兼ねた飲み会です。「溜まった分会費持参します! ! !」
女性軍は、何日か前に同胞の居酒屋で、勝手に「納涼飲み会」を催しています。
秋には恒例の(バスの都合で)「先着22名様」の山歩きと温泉の会があります。「席二つお願いします」。ik