東京朝鮮第三の始業式へ | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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4月6日、東京朝鮮第三初級学校の始業式へ。
 
入学式の後片付けが続いていました。
入学式当日は舞台の解体まで。
この日は、廊下に積んでおいた空のビールの箱と板を校庭に運んでいました。
この板、厚さが1センチ以上あり、結構な重さです。
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始業式は9時15分から、それまではいつものように朝の読書の時間です。
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一年生の児童と一緒ら「登校」するオモニも何人かいました。
西東京第1からの転校生のオモニは、東京朝中に通うことになった娘さんと一緒に「登校」、
校門前でお話。お話し相手は、昨年岩手から2人の娘さん(1人は新入生)を
転校させたオモニです。
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3年生も読書です。
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6年生は教室は、始業式の会場になるため使えず、音楽室で朝のホームルームです。
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最高学年が交代で「当番」の任に就きます。
その心得を書いたプリントが配られていました。
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ホームルーム終了後、女子児童は入学式の飾り付けを片づけていました。
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「2011学年度 第一学期 始業式」―書いては消して、消しては書いていました。
もちろん、最高学年の分担です。
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金校長のお話-15分。3・11大地震とその余震に着いてふれ、三つのことを強調していました。
①ウリマル(朝鮮語)の능수(達人)になる、②「私がやる」「今やる」-なにごとにも責任をもつ、
③言葉でも行動でも、上級生が下級生の模範になる。
つぎに、児童によるリレートーク式の決意表明です。「勉強頑張る」「クラブ活動頑張る」
「サッカー頑張る」「学習道具忘れない」「新入生の面倒をみる」…20人以上が一言づつ。
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入学式や卒業式もそうですが、始業式の間、4、5、6年生の机は
同じ3階の図工室に「一時避難」です。
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赤いエプロン姿の教育会の洪先生も加わり…。桜の木を背景に話が弾みます。
*3枚目の写真と比べてください。校舎の影の長さに注目。
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黄先生、クラスの児童が発言するたびに大きな声で名前を呼び、
大きな拍手を送っていました。
最高学年!!! 児童も黄先生も気合が入っています。
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最後に日本漢字能力認定協会の「特別賞」が授与したことが報告されました。
4年連続です。
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玄関に貼りだす記念写真を学年別に写します。
1年生は緊張気味です。
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何年生でしょうか?
前列は「체육시간앉기」、立てた両膝の前で両手を組む
「体育時間座り」というようです。初めて知りました。
4年生は大きな声で「キムチ」と叫んでいました。
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5年担任の夫先生は隣の児童の肩を抱いていました。
東京第五から赴任してきた「新人」先生も、
すっかり「チェーサム一家」の一員です。
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6年生の女子児童、髪を整えていました。
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6年生は児童数が最も多い31人です。前2列は女子20人、
後列の男子は11人、背伸びしていました。
撮影が終わると、全員で「コマッスムニダ」、今年の最高学年は少し違います。
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終了後、1年生の教室をのぞくと、「진옥미」と先生の名前の下に
「ちん おん み」、「ち のん み」と書かれていました。
「そんせんにん」は、朝鮮語で先生という意味です。
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秦先生が児童に「ミクロンデエ カソ ノルジャヨ」と言った後、
「滑り台で遊びましょう」と言うと、児童は「ミクロン」、「」ミクロン」言いながら
滑り台のある校庭に向かっていました。
ワイシャツ姿の児童がいますが、
上着を脱ぐのに体操時間がかかった児童が約4名、
先生の机の下に隠れた児童が一名。
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運動場にも久しぶりに児童の歓声が戻ってきました。
<3・11大地震>後、屋外での運動を一切禁じていました。
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チューリップの隣に立てられた自分の名前を見つけた児童は大喜び。
「私のはまだ咲かない」、「僕のは赤ではなく紫だ」といってはしゃいでいました。
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これからはチューリップの花壇の水やりは1年生の担当です。
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5月18日発売の「統一評論」5月号に
詳しく書きます。
ブックレット『朝鮮学校のある風景』の6号か7号に掲載します。
ウリハッキョを記録する会