<3・11大地震> 韓国YTN記者の第8信 東北の皆様へ。 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【こうのすけ 3月30日発】
みなさん、おはようございます。
パクサユさんからの[コマプレス]が届きましたので、転送します。
From: 朴思柔
Sent: Wednesday, March 30, 2011 12:52 AM
Subject: [コマプレス]東北ハッキョ口座のご案内&東北ソンセンニム達へ

1.今回地震の被害を受けて、地盤沈下等、いつ倒れてもおかしくない状況になってしまったウリハッキョ再建を心より祈っているいろんな方々がハッキョの口座を聞いて
下さっています。特に田中ひろみ様、こうのすけ様、ありがとうございます!

‘仙台銀行 八木山支店(普通)1891841  学校法人宮城朝鮮学園 理事長 金進弘
’までにお願い致します。

2.さゆは今東京です。止まらない咳等、皆様にご心配、迷惑ばかりになる一方でした
ので、仙台までお一人で、支援活動のため来て下さった同胞の方が東京まで乗せて下さいました。

この体は離れ離れになってしまいましたが、心はまだ仙台にあるようです。学校を守
るために最善を尽くしている同胞や日本の市民の皆様を見習い、[コマプレス]も、学
校再建のために頑張ってゆきたいと思います。

以下は今回[コマプレス]として仙台の同胞の方々を探しに行き、逆に助けられたさゆが、東北のソンセンニムやイルクンの方々へお贈りするラブレターです(もしどなたから転送されてお読みの方は、すべての文責はさゆ本人にあるし、このメールは
記事でもリポートでもないのをご了承下さい)。

………………

東北のソンセンニム・イルクンの方々へ

アンニョンハセヨ! オヌルド スゴマニハショッソヨ~(今日もご苦労様でした)。

さゆはまだ東京です。東京は今日、かなりの日和でした。去る19日、女川の残酷な
被害状況の上に皮肉にも続けられていた憎らしい位だった青空を思い出しました。
わんちゃんのお散歩に出かけた方々もよく見かけたし、ガソリンスタンドの前に並ん
だりする気配もなく、東京の方は日常生活に戻ったような気がするのです。

しかし、いまだに2~3人集まったら地震の話になるようです。百貨店なんかも18時に閉店するらしいです。

原電爆発を恐れ、すべてを棄てて、沖縄まで避難し、‘東京の皆さん、速く逃げるんだよ’とツイッターで呼びかけたという都民のお一人は、今頃東京にお戻りなれたの
でしょうかね。

今日は計画停電はないという発表もあり、電気需給事情が改善されたのかと思いきや、東京電力が国有化される可能性が発表されたらしく、株価が下落したらしいです。

ウリハッキョを守るために、食堂に集まって、寝ていたりしたソンセンニム達!
 
今日も朝はお粥一握り、お昼は抜き、夕食はクッパ半分位の献立で、一日中頑張っ
てますか。

さゆの体調ばかり心配せず、ソンセンニム達もくれぐれもご自愛お願い致します。

未曽有の大震災、と言われるほど、酷すぎた被害地でみた現実は、テレビや新聞からみた光景や、災難映画流の想像力を越えるものでした。

40年もウリアイドゥル(子ども達)を抱えてきた校舎が、いつ倒れるか知らない緊迫
した状態になっているのにもかかわらず、東北の皆様は、始終笑顔で、素直で、コマ
プレスのように正体不明な余所者達はもちろん、いろんな所より訪れてきた方々を心から暖かく、接して下さいましたね。

校長ソンセンニム独特のキラースマイルには、やられないものはおりませんでした。

校長ソンセンニムの前向きなその性格と、英語を専攻した人文学者らしい抜群の言語感覚を発揮‘大地は揺れても笑顔でいこう’とか、素晴らしいスローガンを次か次
へ作り出し、笑顔とユーモア感覚のリーダーシップという天下無敵の指導者像を目の当たりにしました。愉快なリーダーシップって!爽やかそのものでした。

校長ソンセンニムが自ら軍手を着けて、体張って荷物を下ろしたり、運んだりする姿は、ウリハッキョでは日常茶飯事のようなこととは言え、さゆのように、南の権威的な教育風土で育ったものとしては、見るたびに驚きでした。

(‘チェサミ’でお馴染みの京都朝鮮第三初級学校を日本の若者達と訪問した時、お
茶を出して下さったチマ・チョゴリの優しいオモニが、校長ソンセンニムだったという衝撃は、未だ忘れられないです)。

さゆが南の方で学校を通った時代は恐らく校長ソンセンニムって大体男性。高級そうな靴はいつも光っていて、その靴のツルツルしたつま先で‘ハエが滑って死んだ’と
いう噂が子どもの世界には説得力を持つくらい、かなり光ってました。

極めて贅沢な‘校長室’はいつも鍵が。校長先生って常に不在中の存在。お客さんの接待には、必ずヒトを使う。

ウリハッキョのソンセンニムの方々が学生のために尽くすのは、ウリハッキョの業界
では当たり前のことになってるようですが、余所者であるサユの目には驚きの連続でした。

スニーカーでハシゴを持って学校のあちらこちらを走り回ってる校長ソンセンニム、
地域によってその次はスクールバスの運転! 街の一角で、そのバスを乗って帰るウリハッキョの子ども達を見かける度にほっと安心するというか癒やされてます。

先週卒業式の前、国語ソンセンニムは‘卒業生5人にプレゼントしたい’と、バイン
ダーを5個買って、その表紙として丁寧にチマチ・ョゴリを折り紙で作って、貼ってましたよね。

その彩りや、完成度の高さにあまりも驚いたさゆが、いいな~いいな~と目を離さな
かったら、‘ごめんなさい、今は材料がこれしかなく、5個しか作れないけど、今度また材料が手に入れたら作ってあげるから’と、宥めてくれましたね。

止まらない咳を連発しても、誰一人、嫌な顔をみせてくれなかった東北のウリ同胞の
方々。皆様1日2食で耐えながらも、薬を呑むためには、三食を食べなきゃと、さゆ
だけには必ず1日3食と、忘れずにお湯を魔法瓶に2つも入れてくれましたよね。

‘結核の可能性が極めて高い。仙台入って動いた場所や今この部屋も消毒する’と医者先生から聞いてからも何のこともなかったように相変わらず笑顔で、心配して下さいましたね。

陽気で健康な東北ウリハッキョの皆様のエネルギーをいただいて、さゆは、精神的にも体力的にも益々健康になって行く気がします。

取り急ぎ東京より

さゆ拝

小さい声、低い視線
コ マ プ レ ス