金日成・金正日親子を初めて撮った在日カメラマン | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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【09年07月07日・火曜日】故・金裕氏の足跡を整理

 金裕氏は、1959年に卒業した12期生である。生まれたのが解放の年1945年の7月7日、今日が誕生日。亡くなって11年になる。

 1985年に発足したアボジ会の初代会長としての金裕氏について先月、遺族から直接話を聞く機会に恵まれた。

 遺稿集となった金裕著「生きる」の「在日二世に生まれて」の章では、チェーサム時代の生活が詳しく記されているが、その他章では、在日の社会で余り知られていない、歴史的ともいえる幾つもの事実がふれられている。

 中でも興味深いのは、1972年8月、南北赤十字会談取材のために、はじめて祖国を訪問したときのエピソードである。

 ●「それまでは、南北双方の政治化が非公式協議のために、板門店を通って北から南朝鮮に行ったり、南から共和国に来たりすることはあったようだが、大型の代表団が公式に軍事境界線を越えたのははじめてのことで、きわめて異例なことだった」

 ●「1972年8月…キムイルソン主席の接見を受けるという栄光に浴した。この年は、主席がちょうど還暦を迎えられる年でもあった」

 「これまで多くの在日同胞たちが主席の接見を受けているが、キムイルソン主席に直接カメラを向けることができたのは、在日朝鮮人のカメラマンのなかでわたしが最初であった。そのような栄光を担ったことを、わたしはカメラマンとして心ひそかに自負している」

 ●「キムイルソン主席は、その数日後、ピョンヤン大劇場で革命歌劇『血の海』もいっしょに観覧された。そのとき、キムジョンイル総書記も同行されていた」




 在日同胞カメラマンとして初めて金日成主席を写真に収め、
後継者として正式に推戴される前の金正日国防委員長と席を共にし、
また、解放後、初めて公に板門店を行き来したのが、
東京チェーサムの12期生で、アボジ会の初代会長の金裕氏である。

詳しくは8月に刊行される「続・私たちの東京朝鮮第3初級学校物語」を。ik