紹介・禹一著「その後の林秀卿・周辺ストーリー」 | トンポ・トンネ 日々イモジョモ

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月刊「統一評論」に掲載された
禹一著「その後の林秀卿・周辺ストーリー」


REPORT-01
成功した「一つになる練習」
高位級会談の再開と統一人士
1992.01

REPORT-02
超えられなかった「10分の壁」
「七千万同胞の文学賞」
1992.02

REPORT-03
「合意書」の採択と訪北人士
後援事業会会長への理不尽な判決
1992.03

REPORT-04
「合意書」履行の試金石
精算されるべき「逆説的状況」
1992.04

REPORT-05
スギョンさんと後輩たちの近況
「合意書」履行と国家保安法の処理
1992.05

REPORT-06
「統一の花」の志継ぐ第6期全大協
林秀卿関連書籍
1992.06

REPORT-07
8・15は統一人士みなが自由の身に
「合意書」の解釈論争と保安法
1992.07

REPORT-08
訪北人士支える「完璧な同志」
獄中から寄せられた刊行の辞
1992.08

REPORT-09
主人の帰り待つ「統一博物館」
「統一の花」の友たち
1992.09

REPORT-10
深く刻まれた三年前の出会い
後援事業会の二つのイベント
1992.10

REPORT-11
大統領選と訪北人士釈放の行方
<資料>「セヌリ新聞」に掲載された在日同胞の投稿
1992.11

REPORT-12
「統一の花」支える人びと
1992.12

REPORT-13 獄中で迎えた25歳の誕生日
20号迎えた後援事業会の会報
<資料>「ハンギョレ新聞」に掲載された釈放を求める在日同胞の投稿 1993.01
REPORT-14 官憲、金権選挙と統一人士
語り継がれる「統一の花」
1992.02

REPORT-15(最終回)
ようやく果たされた両親との「約束」
二度と娘を監獄には行かせない
<資料>林秀卿が語る投獄生活3年5ヶ月「統一運動史が訪北を正しく評価するでしょう」



「統一評論」への連載は、「その後の林秀卿」として1989年12月号から23回、ひきつづき92年1月号からは「その後の林秀卿・周辺ストーリー」として15回、その姉妹編ともいえる「スギョンと歩んだオモニの500日」(上・下)と「『統一の花』慈しむ北の人びと」を加えると40回、65万字を越す。それにスギョンさんの獄中書簡、法廷陳述と彼女への思いを綴った北と南、海外同胞の手記などを合わせると90余万字に達する。(「長期連載を終えて」より)