東条side 29-2.
→つづき
連日、最大寒波が連れ立った雪雲により、街は白で埋め尽くされていたが、そろそろ春の幕開けが近付いてきた。
「今朝、路面の雪が溶けかけてて転びそうになった、危なかったよ。ちょっと気温上がってきてるな」
「今夜は久しぶりに晴れそうですもんね。確か満月だったような...」
カレンダーを確認するために、俺の隣から席を立つだけなのに。
こんなに胸が締め付けられるのは、やっぱり。
どうしても消せない、あの日の疾(やま)しさに俺自身、囚われているからだ。
あれから。
そう、あの夜から。
何度目の満月だろう。
***
決行前夜。
睡眠薬を調合するために、夜遅くに研究室の灯りを点けた。
あいつなら。
この薬のにおいを感じた瞬間、一体何の用途で使われているか気付くはずだ。
人体に影響のない程度で、規定量より多めに入れた。
ちゃんと気付いてほしいから。
もしくは。
たとえ気付いたとしても。
分かった上でこの薬を飲んだということにしたい。
自分のこの手で。
愛するお前の過去を奪うなんてこと、本当はしたくない。
それなのに。
他の選択肢の入る余地を敢えて与えない。
彼との「過去」を失う「未来」を選んだのは。
あくまで瑞上、本人の意志だと。
ほんの少しの期待を添えて。
俺は。
俺は。
なんて卑怯なんだ。
***
「天気予報当たった!晴れたな〜」
灰色の雲は山の向こうに押しやられ、今夜は深い藍が空を覆っている。
夕飯の片付けを済ませ、部屋を見渡す。
出て行ったわけじゃないと、分かっているのに。
少しでも姿が見えないと真っ黒な不安に押し潰されそうになる。
「ここにいたのか」
ベランダで、空を見上げる背中にそっと触れる。
「何やってんだ?」
手元のスマホ画面に満月を映しながら嬉しそうに微笑む。
「こうすると手のひらに月が浮かんでいる様に感じませんか?なんだか懐かしいんです、この光景」
別に、彼がどうとか、そういうことを言われたわけじゃない。
それでも。
俺の知らないお前が垣間見えるたびに、絶望の淵に立たされた様な気持ちになる。
なぁ。
今のお前の心に、俺の場所はあるのか?
なぁ瑞上。
俺のしたことは間違ってるのか?