東条side 26.


弱る心に付け入る、俺の正義。


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『いま俺が携わっている研究なんだけど』


記憶の忘却と正常値での覚醒。


元々は瑞上が参加していたプロジェクトだったが、夜間せん妄の症状を知ってから、少しでも日常生活での負担を減らすため、他の研究員に引き継ぎさせていた。


結局、そんなことはなんの意味もなくて。

苦しい日々を送り続けていたんだ、あいつは。


プロジェクトに専門知識を持つ研究員が少なく、最近はそこに借り出されていた。


この研究もタイムリープの同様、部外秘扱いのため、掻い摘んで彼に説明した。

でも、頭のいい相手ならすぐに理解できる。

メリットと、デメリット。


『そんな...そんなにうまくいきますか?ヌナから...その...僕に関する記憶だけを...』


夜間せん妄の症状を鎮静化させる、根本的原因の排除。

瑞上にとっては、彼との記憶全て。


『うん...もちろん試験段階だからね。100%とは言えない。タイムリープだってまだまだ分からないことだらけだったろ?君は一度のタイムリープで過去を何度も繰り返していたけど、俺の時はそんな...』


おっと。


『東条さんも...タイムリープを?』


口が滑った。


『あぁ...今その話は...』


『東条さんの「未来」は...「現在」は思うようになりましたか?僕たちみたいに...僕のせいで狂ってしまったみたいに、何かおかしくなりませんでしたか?』


それが、狂うも何も。

君の成果が神がかってるとしか思えないほど。

何ひとつ変えられなかった。

多少のズレはあったにせよ。

母の死は、当たり前のように訪れた。


『どうだろうな。ただ今も受け入れられてないよ。「過去」に行ったこと、正解だったかどうか分からない』


強く噛み締める唇が気の毒だ。

こんな若い、未来のある人間には早く前を向かせるべきだ。


ただしそれは、俺のエゴを多く含む。


『僕じゃやっぱり...ダメだったんでしょうか...「過去」を変えてみんなを救うなんて。結局、ヌナをこんなに苦しめて...』


ダメかどうかは、君が決めることじゃない。

見守り続けた瑞上が出す答えだ。


『仲間は救えた。プラスアルファ「彼女」だって、君のおかげでいい人生を送ってるだろ?...でもな』


拳に力が入る。

それを、ポケットの中で抑えるので必死だ。


『君が一番大切にすべきだった瑞上はどうなった?あいつのために「過去」へ行ったのに、途中から目的は変わってしまっていたよな?それを間近で見せられ、それでもなお支えなくちゃいけなかったあいつは...どうなったんだよ...』


項垂れる彼の首筋が、異様に筋張っているのが目についた。


『...僕は...もうヌナには...』


あいつを諦めるな。

こんな俺に負けるな。

天地がひっくり返っても。

あいつには君しかない。


何度、彼を奮い立たせてきただろう。

何度、おせっかいな立ち回りを選んできただろう。


でも今。

俺は違う方向へ手綱を引く。


『瑞上の、君に関する記憶を消そう。そうすれば夜間せん妄からは解放される...あまり深く考えるな。君に出会う前のあいつに戻るだけだ』


深く考えずにいられるわけはない。

でも。

今のこの一瞬を逃してはならない。


彼の足元のアスファルトに、数多の染みが乾く間も無く打たれる。


『僕は...ヌナのことを覚えていたい...覚えていても...いいんでしょうか...』


馬鹿野郎。

絶対、忘れさせるかよ。

そんな逃げ道、用意されてるわけないだろ。


『あぁ。覚えていればいい。とにかく今は、瑞上を苦しみから救ってやろう』


彼の肩に、優しく手のひらを置く。


なぁ、俺。

俺は今。

どんな顔をしている?