49-1.


来たるべき、限界。


*******


「うわ。きれい。」



終点で降りた先にあった公園は高台になっていて、街明かりを下に眺めることができる。


『有名なデートスポットらしいよ』


『へぇ』


「過去」に「彼女」と来たのかしらね?


ジンの先の言葉に、深い意味は無いかも知れない。


でも、何も言わずにこんなところまで連れて来られて。

チクチクする気持ちを外に出さないだけで精一杯だ。


『ねぇヌナ。本当の気持ち聞かせてほしい』


「え?」


『ヌナはもう僕のこと好きじゃないのかな?』


何それ...


『あのね。僕が自分勝手過ぎるのは分かってる。ヌナがタイムリープの臨床試験に携わってるって知ってから、僕は「過去」を取り戻すのに必死になってた。ヌナと「現在」で幸せになるために』



『失った仲間との時間が、僕が「過去」で動くことで埋められていく気がしたんだ。実際、みんなの「未来」は良い方向に向かって、今もそれを継続できてる。そんな中で、僕は僕を過信してしまった。僕がみんなのヒーローになれるんだって。僕の光だったみんなにとって、今度は僕が光になれるんだって。「過去」で過ごすことにも慣れてきて、ちょっと...自分に酔ってたのかも知れない。そんな時に...』


『「彼女」に出会ったんだね?』


揺るぎない事実だ。


『そう...なんだ。僕は「過去」でみんなを救って、みんなの光になれた。だからあと一人、「彼女」を救ってからタイムリープを終えても遅くはないんじゃないかって。あと一人くらい、僕なら救えるんじゃないかって』


私のやるせないため息が、夜空に浮かぶ白い雲に吸い込まれていく。


『それが間違いだったんだ。ヌナ、タイムリープが始まる前もリリーフピリオドの時もちゃんと話してくれてた。「過去」に傾倒し過ぎないように、焦り過ぎないように、って。ヌナは分かってたんだよね。「過去」に囚われて、「現在」をおざなりにして、大切な人と離ればなれになってしまうことを。僕みたいな人間を何人も見てきてたんだ。でも僕は...自分だけは大丈夫、って思い込みでタイムリープを続けてしまって。結局、みんなと過ごす「過去」が「現在」にすり替わって、ヌナのいる「現在」が僕の「夢」になってしまったんだ』


あぁ。

あのカフェで再会して、ジン、そんな話してたな。


そんなに遠くない、ついこの前のように感じていたけど。

話の内容については、意外に曖昧だった。 

聞いているようで、聞けていなかったんだろうな。


『それでね、意識転送したでしょ?ヌナが同意してくれたんだよね、家族として。そんなことも僕、何も知らなかったんだ...聞かされてなかったのか...聞いても耳に入っていなかったのか』


東条先輩が話さないわけ、ないと思うけど。


『都合の良いように、記憶が構築されてるんだね』


体の内側に蠢(うごめ)く黒いヘドが、唇の隙間から流れ出しそうだ。



『ごめん、本当にごめん。ヌナ、僕、覚悟できてるよ!ヌナにはどんなふうに怒られても罵られても殴られても蹴られてもいいって思って...』


「ちょっ...」


ジンの叫びにも似た声が、夜空に響いた。


『やめて、そんなこと大きな声で言わないで!勘違いされるでしょ』


ここが月の照らすデートスポット、ということを忘れてはいけない。

今のジンの言葉のせいで、周りにいた人がさーっと引けた気もする。



『ごめん...でもね、本当なんだ。僕が頭も心もおかしくなっちゃったことは、意識転送した先の「過去」で気付いたんだ』


『え、「過去」で?』


『もっと言えば、意識転送した、もうその日から違和感に苛まれてた。幸せなはずなのに、仲間もいて、その...「彼女」もいて...』


ここで、睨みを効かせないほど、私は落ち着いていられる状態ではなかった。


『ごっ...ごめん。あっ、あのそれで、仲間からもっ...「彼女」からもおかしいって言われて。僕も自分がおかしいことは分かってたんだけど、何がおかしいのか、何が、誰が原因なのか、そういうのが分からないまま時間を過ごしてしまったんだ』


ここから、ジンが救うことになった「彼女」との出会い、その半生、仲間との関わりについて説明をしたところで、ジンは手元のペットボトルを一瞬で空にした。


NOTESで垣間見たジンの「過去」と相違はなかったはずだが、本人の口から聞くとやるせなさと同時に信憑性が増して、なんだか胸が少し重くなった。


そういう、私の胸が重くなる話をジンはいま、私のためにしてるんだ。


そして、「過去」に戻った時点で既に「彼女」への愛情はなく、あくまで恩情で接していることに気付いた時には、「彼女」からそれを指摘され、別れを告げられた、と、気持ち早口にジンは話し上げた。


私への後ろめたさから、か。


つづく→