JIN side⑨-2. Abyss
→つづき
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東条さんに借りている部屋は研究所の中にある。
タイムリープ試験室と同じ作りだが、ソファや冷蔵庫が置かれ、トイレとシャワーブースもついている。
食事は規則正しく配膳され、生きることに不自由はない。
でもテレビやラジオ、もちろんスマホも手元になく、外の世界と完全に切り離されているのがよく分かる。
むしろ、それを理解させるための部屋と時間なのかもしれない。
どうして彼女と会えないんだろう。
あの夜、事故を回避して、彼女と食事をして両親について相談を受けた。
またね、と手を振った彼女の姿を最後にタイムリープから覚醒したところまでは確かに記憶にある。
あのタイムリープが最後だったから「現在」で彼女を探さないといけなかったけど、名前も住所も分かっているのに彼女を見つけ出せない。
なぜなんだ。
まさか、本当に誰かの命の代償を払ってしまったなんてこと...
コン.コン.コン.コン
普通2回か3回だけど、東条さんは気を遣ってか、ゆっくり4回ノックする。
『はい』
一日三回の配膳は東条さんか所長さんがしてくれる。
きっと、研究所内で僕のことを表沙汰にできない理由があるのだろう。
『キム・ソクジンさん、気分はどうですか。食事摂れそうですか?』
『えぇ、少しは食べられます』
彼女のことだけじゃない。
あいつたちのことも気になる。
6人みんな救えたと思っているけど、ちゃんと「現在」まで僕の変えた「過去」が繋がっているのだろうか。
『キム・ソクジンさん。この部屋に来てから一週間です。辛くないですか?俺なら無理ですね、こんな何もない部屋。気が狂いそうになる』
確かにそうかもしれない。
だけど、みんなを失ったと気付いたあの時、僕はもっともっとひどい状態だったと思うから。
今は差し込む光や季節を感じられる窓があることに感謝している。
『そろそろ次のこと考えないと、ねぇ?』
彼女のこと...
何か知ってるのかな?
『東条さん、僕...』
『本当に...瑞上のことは記憶にないんですね?』
あぁ、またその名前。
分からないんだ、本当に。
でもなぜだか、知りません、分かりません、と口に出そうとすると、どこかからかストップがかかるような気がする。
言えない。
言っちゃいけない。
いや。
言うべきでない...?
「はぁっ」
大きくため息をつく東条さんに衝動的に謝ってしまう。
『いや、謝るようなことじゃない。本当に分からないんだな』
その...ミズガミさんって人のこと。
『俺が前に渡したUSB、中身は見たかい?』
渡されたUSBには、タイムリープのひとつ向こう側の世界、意識転送についてのデータや資料が記録されていた。
あの時は、僕には必要ないって思えたんだけど。
『...どうする?』
東条さんが僕を見ずに質問する。
彼女のことが気になる。
みんなの無事も確認したい。
それに何より。
もう「現在」に僕がいる意味が見出せないんだ。
今の僕には、これしかない気がする。
『東条さん...僕、「過去」へ行きたいです。意識転送したいです』
『うん、俺も君にはそれしかないと思ってたよ』
前向きな言葉に似合わない、東条さんの悲しそうな瞳。
僕は...間違っていないよね?