東条side15-1.


その嘘を守るのは、誰のため?



「東条さん、この度は本っ当に娘がお世話になりました。ご迷惑ばかりおかけしてしまい、申し訳ございませんでした」


もう何度、瑞上の母親に頭を下げられたことか。


「いやっ...そんな風に言わないでください。部下であり大学の後輩である瑞上さんのために俺が勝手にしたことばかりですから」


母親の陰に隠れて、退院の日を迎えた彼女は密やかに笑っている。

小さな絆創膏をひとつ、額に残した彼女は、もうすっかり元気になっていた。

手の傷はなかなか治らず、本人も気にして隠すようにしている。


何も気にすることはないのに。


「お母さん、休みの日の事故だったんだよ?私の責任、私の落ち度。あんまり謝り過ぎると先輩が四六時中私の面倒見なくちゃいけないって思っちゃうじゃん」


いや。

まぁそれも悪くない。

願ったり叶ったり。


母親は今日帰国する。

寮に泊まり込んでしばらくは一緒に、と申し出たそうだが、瑞上が受け入れなかった。


「お母さんがいない間の家、どうなってると思う?お父さん一人じゃ何もできてないよ。きっとゴミ屋敷になってる」


目を三角にして、母親を焦らせる。

これ以上心配かけたくないのか。


いや、もしくは。



「お母さん、研究所としても瑞上さんの勤務形態については十分配慮します。退院するとは言え、まだまだ本調子じゃないでしょうし」


また深々と頭を下げられ、参った俺は思わず笑ってしまった。


「ねぇお母さん!美味しいお店があるんだ。そこでランチしてから空港まで送るよ!先輩も一緒に行きましょう。私、おごります!」


何言ってんだよ。


「退院祝いだ。好きなもの食べろ。お母さんもご遠慮なく」


ぱぁっと明るくなった笑顔は瑞上に面影を落としていた。

そうか。

未来の瑞上はこんな感じなんだな。





母親の搭乗する飛行機を見送りたいと言ったので、ロビーで一緒に待つことにした。


あの日、瑞上がここ2年の記憶が抜け落ちているかもしれない、と話した時から。

なんだろうな、この違和感。

納得いかない。


事故による、脳に対する強い衝撃。

スメラルドの花粉効果。

記憶を失くす条件は揃っている。


脳波検査も、催眠療法も拒んだ。

なぜだ?


瑞上との会話にも不確かな疑問が残ることがあった。

ここ2年で新入所員を採用していないことがなぜ分かる?


母親を、自分の退院の日に帰すなんて。

そんなに一緒にいたくないのか?



失くした記憶を取り戻すことに前向きじゃない瑞上は、まるで。



「このドラマ、もう再放送やるんだ」


瑞上が手元のスマホに小さく呟く。

横目で捉えた画面には去年放送された、とある。




...あぁ、そうか。


瑞上、俺の勘は当たるんだ。



「わー飛びましたね。お母さん、飛行機ちょっと苦手なんですよ。この前も飛ぶまで見ててって。だからちゃんと見ててあげないと」



嘘、なんだな。



つづく