東条side14-2.
→つづき
瑞上の頭の包帯が大きなガーゼに変わった。
だが手の指の関節には、まだ事故の傷が痛々しく残っていた。
瑞上が目覚めた2日後、両親は一旦帰国し、母親だけが、先週からこちらへ来て瑞上の世話をしている。
入院はあと1週間。
本人の体調さえ良ければ、退院と共に職場復帰も可能だそうだ。
「有給休暇、また余らせてるだろ。ちょっとゆっくりしたらどうだ?」
瑞上は、以前に比べると土日を挟んだ短い休みを取るようになっていた。
そう。
彼氏くんの影響。
婚約破棄した前の男の時は休みも取らず、帰国もままならなかったのに。
入れ込み方が違うのが分かる。
「うーん、そうですね。でも体が元気なら早く研究に戻りたいなぁ」
俺だって、その方がいい。
毎日お前に会いたいんだから。
でも。
お前の親はなんて言うかな。
日本に連れて帰る、って言わないか?
「事故の前の日に食いに行った店、美味かったろ?退院祝いにまた連れて行ってやるよ」
今度は涙で終わるんじゃなく、最後まで楽しい気分にさせてやりたい。
「...どこか...行きましたっけ?」
え?
「いや、ほら。サムギョプサルの美味い店!外の席でたらふく食って飲んで、それから...」
泣いたことは言えない。
っていうか、覚えてないのか...?
「あの、先輩...私ちょっと変なんです」
おい、なんだよ。
「最初は事故の衝撃から、前後の記憶が飛んでるだけだと思ってたんですが...もう少し前からの記憶がはっきりしないんです」
ちょっと待て。
もしかしてスメラルドの影響か?
「どのくらい前から記憶が曖昧か分かるか?」
「そう...ですね...まだ記憶を順番に辿ってみたわけじゃないので正確には分かりませんが、多分...2年、3年くらいでしょうか」
ヒョンの言う通り、脳波を測定した方が良さそうだ。
「瑞上、心配するな。所長に頼んで脳波を見てみよう。焦らず記憶を辿れば元に戻る可能性だってあるし、何か引っかかることがあるなら関連する場所や人に今ある記憶を繋げていけばいい」
やっぱりスメラルドが悪さしていたんだな。
病院へ研究所の脳波測定機器を持ち込めるかな。
すぐにヒョンに連絡を。
スマホを取り出し、メールを打とうとした時、瑞上の手が俺を制止した。
「...え...」
触れたことはあっても。
触れられたことって、あったか?
「あの...別に大丈夫ですよ。私の毎日なんて研究ばっかりだし、いつ思い出したっていいような、そんな内容ですもん」
いや、それでも...
「この2年くらいの間に新しく出会った人っていなくないですか?研究所もしばらく新入所員とってなかったし。困ることないですよね」
は?
いや、おいお前...
自分の意志では引きたくない引き金に指をかける時、どんな気持ちだろう。
「彼氏くんのことは...」
そして、それが結果、自分にのみ好転すると分かった時は喜べるんだろうか。
「えー?彼氏くん?婚約破棄バカ男ですかぁ?」
答えはノーだ。
なぜならこれから、俺は君の光を守るために、君の記憶を嘘で塗り固めていくことになるからだ。