東条side12-2.
→つづき
雨で滲んだ車のランプが光り出す頃、長時間に渡る手術は成功した。
そのタイミングで瑞上の母親が病院に到着した。
「東条さんっ!」
目元が瑞上に似ている。
俺は…
こんな時に何を考えているんだ...
「あのっ、お電話いただいて、とりあえず私だけ飛行機に乗ったんです。主人はあとからっ...」
あぁ。
俺ちゃんと電話してたんだな。
話も通じてたんだな。
「東条さんが連絡してくださったんですってね。カンさんたちが空港まで迎えにきてくれて」
え...?
『東条管理士...瑞上さん...手術は無事に終わったんですよね?』
カンさん、泣いてるのか。
あ...
そうだった。
カンさんのパートナーが日本語に堪能だったことを思い出して、空港へ向かってもらったんだ。
きっと何度も渡韓しているだろうから心配は無用だったかもしれないが、こんな急を要する時に何かあっては、と思ったんだった。
俺は...
こんな急を要する時に役に立つ自信がなかった。
『カンさん、申し訳ない。休みの日に世話をかけたね』
『いいえっ...いいえ...瑞上さんに何かあったら私...』
カンさんの肩を抱くパートナーの彼にも礼を述べ、待合室のソファに座らせた。
『まだ目が覚めるまで時間がかかるだろうから、落ち着いたら君たちは帰りなさい。休みの日にこんなことを頼んで申し訳なかった。本当に助かったよ、ありがとう』
頭を下げると、ふいに涙が出そうになった。
『たとえ来るなと言われても彼女は病院に来たと思います。家でもどこでも仕事と瑞上さんの話ばかりですから』
苦笑いの彼を気の毒に思った。
そうだ、カンさんは瑞上2号だ。
とにかく研究が大好きで、瑞上に憧れている。
瑞上の父親と領事館経由で派遣される通訳の到着を待って、瑞上の事故当時の様子、ケガの具合や手術の内容などの説明を受けることとなった。
「東条さん、いつもいつも...あの子ったら迷惑ばかりかけてしまって本当にごめんなさい」
深々と頭を下げる母親に面食らってしまった。
「いっ...いやいや...迷惑だなんて。研究で成果も出してくれていますし、僕だけじゃなくて研究所としてもなくてはならない存在なんですよ」
「あの...こんなこと...東条さんにお聞きしていいのかどうか...でも...」
心配と疲労が蓄積し、強張った表情がより固くなった。
「こちらで...お付き合いしてる人いますよね?韓国の人...歳下の」
...あぁ、彼氏くんのことか。
「えぇ。2年くらいになりますか」
「あの子、とってもいい顔をしてたんです、私がこの前こっちへ来た時に。本当に幸せそうに彼の話をしてくれて。帰りはその彼も一緒に空港まで来てくれて」
それはそれは...
「でも、今年に入ってから様子が変わった気がするんです。彼の話もしなくなったし、電話やメールの回数も減ってしまって」
タイムリープが始まった頃だな。
「特にあの子、研究に没頭すると周りなんにも見えなくなるし、今までもそんなこと何度もありましたから、最初は気にしてなかったんです。残念だけど別れることもあるだろうから。だけど、今回はそういうのとは違う気がして。何が、と聞かれると説明しにくいんですけどね」
分かる気がする。
母さんも俺を心配して、よく言ってた。
きっとそれは。
「親の勘、ってありますよね」
「そうなんです...そろそろ一度顔見に行かなきゃってお父さんとも相談してたところに、こんな事故なんて...」
瑞上の母親が目眩を起こした様子で頭をもたげる。
そりゃそうだ。
日本からここまで、息つく間もなく飛んで来たはずだ。
俺は慌てて近くの自販機で水を買い、差し出した。
「ごめんなさい、ありがとう...」
冷たいペットボトルを両手でぎゅっと握ると、母親の瞳から涙がこぼれた。
「あの子、目を覚ましますよね?絶対大丈夫ですよね?」
それを聞きたいのは俺だって同じだ。
また笑ってくれよ、瑞上。
なんでも奢ってやるから。
もう意地悪しないから。
これからは俺がそばで守ってやるから。