東条side⑨-2.
→つづき
『つまり...過去が君にとっての「現実」であり、瑞上さんとの日々が君の「夢」だと?』
『夢と言っても眠る時に見る方じゃなくて...希望というか、憧れというか。ヌナと過ごす、こんな温かな日々が僕に訪れるなんて、ありえないんじゃないかって』
タイムリープを繰り返すと、脳が生活の中心は過去だと騒ぎ出すことがある。
その不安定さに心は引っ張られバランスを崩し、過去に傾倒し過ぎて、現在がおざなりになる。
結果、現在での人間関係が破綻するケースはこれまでにも散見された。
しかし。
彼の場合は少し違う...?
『僕は...僕たちはみんな、何かしらの問題を抱えて生きてきました。簡単に解決できない、誰を頼ることもできない。抜け出せない暗闇の中で唯一の光だった仲間との日々も僕のせいで失った。だから僕が過去へ行ってみんなを救いたかったんです』
それと瑞上とがどういう関係になる?
『こんな僕がヌナのそばにいたら、ヌナまで何か背負うことになるんじゃないかって。ヌナは温かくて優しい家庭で育った、愛に溢れる人なんです。そんなヌナが僕のせいで...僕たちが味わったような暗い世界で生きることになってしまったら...』
今の彼は「現在」に足を付けて物事を考えられている。
ちゃんと「過去」と区別できている。
だが、「過去」へ行ってしまうと脳と心のバランスが一気に崩れ、「現在」の記憶が曖昧になる。
その分、「過去」での記憶がより強く鮮明化され、上塗りではなく、まさに新たな記憶のように感じられてしまう。
曖昧な「現在」の記憶は、実際に自分の身に起きた現実であると受け入れにくくなる。
「過去」で悲惨な体験をした彼には、瑞上との「現在」の日々が夢や憧れとして脳内に残っている。
そう...か。
彼はもう、「過去」に戻ってるんじゃない。
「過去」が彼の「現在」と成り代わっている。
そして「現在」の記憶が、「過去」にいる彼にとっては幻なんだ。
『その傾向は強くなりつつありますか?』
『はい...僕は...ヌナが大好きで...ヌナの声が大好きなのにっ...電話じゃ分からなくて...ヌナの笑顔もちゃんと思い出せなくなってきていてっ...』
しゃくりあげながらも必死に話す彼を見て、滑稽に思えた。
君、それは自業自得って言うんだ。
俺は...鬼か?
『でもっ...今タイムリープをやめることは...できないんです...』
『「彼女」がいるから、ね?』
必ず、そうだ、と言わせる。
誘導尋問だ。
『「彼女」も...大きな問題を抱えていて...僕くらいしか手伝ってあげられなくてっ...』
瑞上がいるのにな。
こいつ、聖人君子気取りかよ。
ただの気移りだ、そんなもん。
白衣のポケットの中のUSBをきつく握る。
今の今まで出すつもりはなかったし、出してはいけないと思っていた。
でも、もう無理だ。
『キム・ソクジンさん、ひとつご提案があります。あくまで臨床試験とは別で、僕個人としての意見なので返事は急ぎませんし、どちらでも構いません』
俺と母さんと親父が、意識の切り離しと転送を行った際のデータが入ったUSBを差し出した。
もう、どちらか一方しか守れない。
それなら。
そんなの、決まってんだろ。