東条side③-1.



大切なものを見失わないように。




母が亡くなり、しばらくは何も手につかなくなってしまった。


3年前にタイムリープし、できる限り母との時間をつくり、思い残すことのないように、悔いのないように過ごしてきたつもりだった。

でも、満足には到底遠く、虚しい喪失感だけが心に残った。


人生二回やってこれだ。

たとえ何回やったって、自分の思うような過去に塗り替えられるわけないんだろうな。


ただ。

母の笑顔。

母の声。

母のぬくもり。

置き去りにしてしまいそうになった、何物にも代え難い記憶が鮮明に心に刻まれたことには感謝している。



...そうか。

過去をそっくりそのまま変えてしまうことが目的なんじゃない。

変わらない過去を受け入れて、前を見て生きていくことがタイムリープの真意なんだ。



『ご名答。やっぱりお前は頭が良い。そんでもってスジも良い』


母との思い出が詰まった日本にいることが少し苦しくなり、忌中が明けた今、韓国の叔父のところへ来ている。


『スジって...なんの?』


『なぁ、俺の研究所に来いよ。お前の論文見せたら、所長が分野違いだけどおもしろい着眼点だって褒めてたんだ』


『ヒョン!勝手に!?』


こういう強引なところは姉弟でよく似ている。


『やることあんのか?あっちで』


ないことはない。

大学院の研究室にそのまま籍を置くことを、教授には約束してもらっていた。

母を亡くしたことで猶予は延長されていて、夏までは時間がある。


だけど、身が入らない。

今まで研究していたことに意義は感じていたが、俺の求めているものは、もしかしたら、もっと、こう...


『人が好きなんだよ、お前は』


叔父が笑ってコーヒーの缶を投げてきた。


『人の心を研究する。その成果で人が前向きに生きていける。それを見守るのって大変だけど、ここ最近、特に早急に求められている気がするんだよな』


コーヒーをグッと飲むと、そこから叔父の研究について長い長い、それは長い説明が始まった。


気付けば、俺はもらったコーヒーを一口も飲まずに叔父の話に聞き入っていた。


『だから、こっち来いよ。俺はいつでもいいけど、お前の研究室の教授に迷惑かけるといけないから早めにな』


うん、とも、すん、とも言っていない。

え。

もう、決まったのか?


つづく