37-3.


つづき



どうやら目星はつけていたらしく、先輩顔見知りのオモニが切り盛りするお店に入った。

既に店内には先客がたくさんいて、空席もあったが、私たちは外の席に案内された。


先輩がメニューを眺めながら楽しそうに話す。


「メインはサムギョプサルだよな、やっぱ。あとチヂミと...


「くしゅんっ...


梅雨も半ばを過ぎた。

降り始めると然程だが、雨の前はひんやりとした風が足元をくぐり抜ける。


「ケランチムもだな」


「ありがとうございます」


そんなに冷えるわけではないけどあつあつのケランチムがあればソジュも美味しく呑めそうだ。

 

オモニがミッパンチャンと膝掛けを持って来てくれた。

ふかふかだ。

あったかいなぁ...




「そうそう!それで大学通ってるお前をこの俺がスカウトしてだな」


「そうですよっ!私まだあの頃日本離れる決心ついてなかったんですからねー」


なんと言っても付き合いはそこそこ長い。

共有できる思い出話はたくさんある。


最近ちゃんと食べてなかったからな。

あたたかい食事。

それを誰かと食べるなんてすごく久しぶりだ。



「先輩っ!私もうおなかいっぱいですっ!勘弁してくださいっ!瑞上帰りますっっ」


トイレから戻った私は、先輩へ大袈裟に敬礼して見せる。


「はー?バカお前まだだよ。まだ話あんだよ」


...


「え...なんですかぁ」


空気は冷えてきたが、オモニの膝掛けのおかげで寒さは感じない。

雨はまだ雲に留まっている様子だ。


「泣いたか?」


え?


「泣くって...なんで...


待って。

先輩...


「ちゃんと泣いたのかって聞いてんだよ」


やだ。

我慢してたのに...


次のまばたきで涙がこぼれた。


ジンが過去へ旅立ったあの夜。

研究所の屋上で泣いた時、先輩は黙ってそばにいてくれた。


だから。

だからこそ。


その先輩の厚意に甘えてばかりいてはいけないと、ジンのことで泣いたり落ち込んだり、マイナスの感情を表に出すのはやめようと思ったのだ。


それなのに...


声が出ない。

ただ涙がとめどなく溢れる。


そうか...

だから外の席なんだ。


ごはんが美味しくて。

お酒が美味しくて。

楽しく話せて。


先輩の顔が効くお店で。

私がどれだけ泣いても周りを気にしなくてよくて。


気付けば気付くほど、私の揺れる感情を包んでくれる環境だった。


「うっ...せんぱっ...


「違うだろ。俺じゃなくて?」


あぁ。

口にしてしまえば私の全てが崩れてしまいそうで、堪えてきた。

その音の響きをこの耳に震わせることが怖かった。


「ッ...ジッ...ジンッッ...


「泣け。もう全部吐き出せ。ここでお前を取り戻せよ」


つづく→