24.
ねぇジン。
私...
ジンから逃げちゃってる。
8回目のタイムリープのレポートは東条先輩の予想通り2日後には完成したようで...
メール添付で私へと送付された。
...はっ?
いつもは朝イチで寮まで持ってきて私が全て読み切るまで、そばで座って見ていたのに。
「メールって...」
別にメールがダメなわけじゃない。
だけど。
「やっぱり何かあったんだ、過去で...」
私はジンのレポートにざっと目を通した。
やはり「彼女」についての記述はない。
私は、これまでのジンの試験レポート、試験に入る前の面談、思い出せる限りの過去についての会話を洗い出した。
6人の友達以外に、「彼女」と呼ぶような人物はいたか。
ジンが意識せずとも「彼女」を含んだ記憶のヒントが落ちていないか。
家を出る時間ギリギリまで考察を繰り返した。
でも、結果として何も分からなかった。
しょっちゅう仲間とのことを話題に出していて意図的に彼女一人の存在を今まで隠せているとしたら、ジンは相当のツワモノだ。
というか、あんなに素敵な人だから過去に彼女がいたって何も不思議はない。
むしろ、いないほうが不自然だ。
それでも、そういった恋愛の話題はジンから聞いたことは一度もなかった。
「本人に...聞く...?」
できない。
できないできないっ...
もしその彼女が大切な人だったら?
私の顔を見て慌てるくらい、過去で彼女と何かあったんだったとしたら?
もう...
私はいらないんだとしたら?
ネガティブの波に飲み込まれそうになったのを、踏んでの所で拾ってくれたのは東条先輩からの電話だった。
「お前、昼の会議の準備できてるんだろうな?」
「しっ...資料はできてますっ」
この電話がなかったら遅刻してたかも。
「早く出所しろよ」
プープープー...
こんなに重い心を携えて、どうやって研究所まで行こうか...
ジンから連絡があったのはその日の夕方だった。
しかも電話ではなく、トークアプリで、だ。
私の仕事が終わるまで研究所近くのカフェで待つというので、とびきり待たせてやろうと思った。
今日済ませる必要のない仕事をやってしまい、コピー機の用紙を補充して、ホワイトボードをピカピカに拭きあげ、マーカーを新しいものに替え、研究室内のゴミをひとまとめにして廊下に置いた。
もうやることがなかったので給湯室へ行き、飲めないコーヒーを淹れた。
ジンに会いたくない。
何を言われるのか、怖い。
「彼女」と呼ぶ人のことについて話されるのが辛い。
『仕事が立て込んでいて終わりそうにないです。遅くなるので今日はもう帰って』
トークアプリでジンにメッセージを送ると、すぐに電話が鳴った。
いや、話したくないんだけどな...
深呼吸をひとつして、切なく鳴り続けるコールを受ける。
『どうしたの?』
『ヌナ...会いたい。会って話したいことがあるんだ』
嫌だ。
話したくないよ、私は。
誰よ、「彼女」って。
レポートに書かないなんて、やましいです、と言ってるようなものじゃない。
『ごめん、ジン。ちょっと忙しくて今話してる時間ないかな。また連絡するね』
『待って、ヌナッ...』
暗くなった画面に映る、最低な私。
ちゃんとジンの話を聞かなきゃ分からないことだってあるのに。
疑心暗鬼で終わることかもしれないのに。
今の私は、私の心を守るのに必死過ぎて...
ジンを蔑ろにしてしまっている