JIN side-2


つづき


この季節には珍しく、冷たい雨が今朝から降り続いていた。

小雨だけど肌寒いから、さすがに今日は来ないだろうな。

そう思いながら僕は土手へと足を運ぶ。


いない。

いない。

いない。


来ないんだ...


僕は彼女の定位置に初めて足を踏み入れた。

彼女が毎日長時間座っているせいか、草が寝ている。


僕が見ていない時間もここにいるんだ、彼女。

何を考えているんだろう。


僕もみんなのことを部屋に篭って考えていた。

確認しなかったけど、僕がずっと座っていた部屋のあの場所も、もしかしたら色が変わっているのかな。



ワンッ


突然吠えられ、驚いたあまりバランスを崩し、転びかけた。


彼女がいつも撫でているあの大きな犬!


「急に吠えちゃってごめんなさい」


飼い主の年配の女性が声をかけてきた。


「あの、いえ...


犬は僕を一瞥し、鼻を鳴らした後、彼女が座っていた場所の匂いを嗅ぎ始めた。


「あなた、いっつもここに座ってる女の子のこと見てるわよね?」


うわっ

バレてたんだっ...


「えっ?あっ?見てるとか、そんな...


言い訳が思い付かない!


「こんなこと言いたくないけど、ほら、今って色々あるでしょ?ストーカーとか付きまといとか」


多分、僕いま注意されてるんだよね?


「パッと見た感じ、あなたカッコいいし犯罪者には見えないけど、意外とそういう人が、みたいなことあるしね。あの子、いい子だから変な事件に巻き込まれてほしくないのよ」


怒られてるんだよね?


「だからね、もうあんまりこの土手には...


「来てはいけないと...


そうだ。

もう十分、分かっただろ。


彼女はフラれた仕返しに水筒を投げ付ける強い人だ。

動物が好きで、子どもみたいに無邪気で、人に優しくて。

手が小さくて、かわいくて、笑顔が眩しくて。


でも時々寂しそうで、守ってあげたくて。


「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたっ」


喉が締まって、しっかり声が出ない。

お辞儀をして、その場を走り去る。


「え?あ、いやちょっと...傘忘れてるわよ!」


手の力が抜けて、傘を置いてきてしまったみたいだ。


犬が大きく吠え続ける。

僕を威嚇してるんだ。



ホテルまでどうやって戻ってきたんだろう。

体が濡れたまま、ベッドにうずくまった。


僕なんかが幸せになっちゃいけない。

みんなを裏切った僕が。

誰かと幸せになんてなれない。

誰かを幸せにできるわけない。

僕はこの先、ずっと一人なんだ。


『一人だって思ってたのに...


雨で冷えた頬に生温かい涙が次々と伝っていく。



彼女のことを好きになってしまったんだ。