JIN side⑤-2
→つづき
この季節には珍しく、冷たい雨が今朝から降り続いていた。
小雨だけど肌寒いから、さすがに今日は来ないだろうな。
そう思いながら僕は土手へと足を運ぶ。
いない。
いない。
いない。
来ないんだ...
僕は彼女の定位置に初めて足を踏み入れた。
彼女が毎日長時間座っているせいか、草が寝ている。
僕が見ていない時間もここにいるんだ、彼女。
何を考えているんだろう。
僕もみんなのことを部屋に篭って考えていた。
確認しなかったけど、僕がずっと座っていた部屋のあの場所も、もしかしたら色が変わっているのかな。
ワンッ
突然吠えられ、驚いたあまりバランスを崩し、転びかけた。
彼女がいつも撫でているあの大きな犬!
「急に吠えちゃってごめんなさい」
飼い主の年配の女性が声をかけてきた。
「あの、いえ...」
犬は僕を一瞥し、鼻を鳴らした後、彼女が座っていた場所の匂いを嗅ぎ始めた。
「あなた、いっつもここに座ってる女の子のこと見てるわよね?」
うわっ
バレてたんだっ...
「えっ?あっ?見てるとか、そんな...」
言い訳が思い付かない!
「こんなこと言いたくないけど、ほら、今って色々あるでしょ?ストーカーとか付きまといとか」
多分、僕いま注意されてるんだよね?
「パッと見た感じ、あなたカッコいいし犯罪者には見えないけど、意外とそういう人が、みたいなことあるしね。あの子、いい子だから変な事件に巻き込まれてほしくないのよ」
怒られてるんだよね?
「だからね、もうあんまりこの土手には...」
「来てはいけないと...」
そうだ。
もう十分、分かっただろ。
彼女はフラれた仕返しに水筒を投げ付ける強い人だ。
動物が好きで、子どもみたいに無邪気で、人に優しくて。
手が小さくて、かわいくて、笑顔が眩しくて。
でも時々寂しそうで、守ってあげたくて。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでしたっ」
喉が締まって、しっかり声が出ない。
お辞儀をして、その場を走り去る。
「え?あ、いやちょっと...傘忘れてるわよ!」
手の力が抜けて、傘を置いてきてしまったみたいだ。
犬が大きく吠え続ける。
僕を威嚇してるんだ。
ホテルまでどうやって戻ってきたんだろう。
体が濡れたまま、ベッドにうずくまった。
僕なんかが幸せになっちゃいけない。
みんなを裏切った僕が。
誰かと幸せになんてなれない。
誰かを幸せにできるわけない。
僕はこの先、ずっと一人なんだ。
『一人だって思ってたのに...』
雨で冷えた頬に生温かい涙が次々と伝っていく。
彼女のことを好きになってしまったんだ。