15-1.
ねぇジン。
そっちはどう?
大丈夫?
ジンのタイムリープ試験が始まって15時間、正常化されて12時間。
あまり良くない状態だと言える。
「意識の混濁が激しいみたいだな」
東条先輩が試験開始からの脳波計を時系列に並べ、じっと睨んでいる。
過去の自分の体と意識との結び付けは上手くいったが、ジンが自分の状況を把握できず、過去でパニックを起こしかけている。
ジンの脳波線は浮つきがあるものの、かなり深くまで落ち込んでおり、無理矢理目覚めさせるのも危険だ。
記憶を過去へ置き忘れかねない。
「もう少し様子を見ていても大丈夫なんでしょうか?」
鼻水も涙もキレイに拭き取り、顔を洗って文字通り出直した私は少し冷静さを取り戻した。
「うーん...」
あ、東条先輩。
本気で悩んでるんだ。
ペン先をこめかみに当て、瞼を強く閉じて唸っている。
「やっぱり...」
と言いながら横目でチラリと私を見た。
私の...せい?
ジンの私への思いが強くてタイムリープがうまくいかなかったなんて...
不謹慎ながらちょっと嬉しかったりする。
「わっ私が出来ることがあればなんでも喜んでっっ!」
どこの居酒屋さんだろう。
「使ってみるか、NOTES」
NOTESとは、タイムリープ臨床試験中に過去で被験者の身に起こったこと、また被験者の思考や心的動向が書き記されていく、いわば被験者の過去での日記のようなシステムだ。
初期の臨床試験では、このNOTESの内容も試験データとして取り扱われ、より安全で正確なタイムリープ確立のために研究者間はもちろん被験者や、臨床試験に同意した被験者の家族に開示されることもあった。
しかし、それが火種となって...要は現在にとっては都合の良くない状況により、被験者と家族の関係性が悪化することも多々あり、また被験者のプライバシー侵害にもあたると見なされたため、ごく限られた状況下でのみNOTESの使用が認められていた。
ここ十数年では使用を敢えて希望する試験研究者はおらず、NOTESの存在すら都市伝説だと話す者もいるくらいだった。
「本当にあるんですね。噂でしか聞いたことなかったです」
私も都市伝説へ一票を投じていた。
ちなみにNOTESシステムの電流回線を逆流させれば、被験者に対してメッセージを送れる。
と言っても、メールや電話のように本人と直接やりとり出来るわけではなく、脳に伝達を働きかけ、なんとなくふわっと分かる、ような感じらしい。
「今回のタイムリープの目的、自分が何をすべきか。そのあたりの基本的な部分を理解してもらう必要があるな」
ジン、大丈夫なの?
パニックを起こしかけてるなんて...
私も一緒に過去へ行けたらどんなにいいか。
「所長にNOTESの使用許可申請を提出しますか?」
「いや待て。先にやっちまおう」
えっ。
所長の許可なしに...!?
「さすがにまずいんじゃ...」
一応手元のモバイルパッドですぐに申請できるよう準備を進めながら東条先輩の顔色を伺う。
「もう正常化して12時間も経つのに右往左往してるんだ。いつパニックに陥って過去で暴走してもおかしくない。早い方がいい」
そう言って先輩は携帯電話を取り出した。
『あー極秘臨床試験部の東条です。NOTESの使用許可下ろしてもらえます?ちょっと緊急で...申請書は明日中に瑞上が...はい』
おぉ、やっぱり私が...
『分かりました、ありがとうございます』
通話を終えた東条先輩はすっと立ち上がり、ジンの脳波を確認してからドアノブに手をかけて振り返った。
「10分以内に戻る。もしおかしなことがあれば迷わず試験は中止しろ」
試験室から研究室へ繋がる廊下をすごい速さで駆けていく足音が聞こえる。
しっかりジンを見てなきゃ。
今回の試験で初めて責任者を任されたけど、ほとんど東条先輩の主導に頼りっぱなしで不甲斐なくて自信が喪失していく。
「ジン...大丈夫?早く会いたいよ...」
ジンの手を握り、綺麗な寝顔を見つめる。
本当に眠れる森の美女みたい。
キスしても目は覚めないけど。
つづく→