14.


ねぇジン。

人を好きになるって本当に大変だよ。



試験室のドアを前に廊下に小さくうずくまってどのくらい時間が経っただろう。

既にアラート音は消えて、室内の騒々しさは収まっている。


『瑞上さん、被験者No.613、今度こそ無事に過去との結び付け成功しましたよ』


少しだけドアを開け、助手が優しく声をかけてくれた。


ジン...

大丈夫なの?

ちゃんと過去へ行けたんだね...


「良かった...


冷たく縮こまっていた体の力が抜け、温かい涙が頬を伝う。


『瑞上さん、室内に入って来い、って東条管理士が』


遠慮がちな小さな声で助手が伝えたところで、ドアが全開した。


「ほら、入って来い」


東条先輩が私を見下ろして呟いた。


試験台には先程に比べて少し柔らかな表情のジンが眠っていた。

良かった...

うまくいったんだ...


『悪い。みんな席外してくれ。この出来損ないの責任者に説教するから。本当お疲れ様。所長には俺から報告しておく』


助手たちはファイティン、と小さくポーズしながら我先にと試験室を後にした。


パタン、とドアが閉まり、しばらく沈黙が続く。

バイタルチェックの規則的な機械音が室内を埋め尽くしそうだ。


「あっ...あの」


「お前の指示は的確だった」


え?


「身体検査から割り出した睡眠剤濃度もタイミングも完璧。脳波の不安定な浮つきにもよく気付けた。俺は見過ごしそうだったからな」


東条先輩は乾いた笑いをこぼした。


「俺、管理士失格だな。お前のおかげで首の皮一枚繋がったって感じだよ。マジでこれから気を付けないとな」


よく分からない...


「でも...先輩...


「お前のせいだ、って言ったよな」


「はい」


東条先輩が、うーん、と頭を掻きながら唸り俯く。


「お前のせいだよ。彼がうまく過去に辿り着けなかったのは」


やっぱり私のせい...


「彼さ、お前に未練たらったらなわけ。もう不安で不安で試験途中で止めちゃおうかなー戻っちゃおうかなーなんて考えながら眠ったんだろな」


未練...

現在に?私に...


「ちゃんと行ってこい、って背中押してやったか?睡眠剤入れる前、手握ってやったか?」


あ、いや...それは...


「今まで何十件試験やってきてんだよ。どの被験者も眠る前、必ず家族や親しい人に手握ってもらったり声かけてもらったりしてただろ?それで安心して過去へ行くんだよ」


でも...

私、余計なこと言っちゃいそうで...


「あーなに?引き止めちゃいそう、とか思ってたわけ?」


ごっ...ご名答...


「一番基本的な、この試験の名目忘れてないか?」


過去を取り戻す...


「現在や未来を前向きに生きるために過去を清算するんだろ?現在に大切な存在があるから、わざわざ過去に行くんだろ?」


...


「彼にとってお前は今や未来を一緒に過ごし続けたい相手なんだろ。危険な目に遭うかもしれないけど、それでも過去へ行ったんじゃねぇのかよ」


そうか...

...本当何をうじうじ迷ってたんだろう...


「ったくよ...


私って本当バカだなぁ...

こんなにも愛してるのに。

こんなにも愛されてるのに。

肝心なところに目を瞑って蓋をしてた。


「先輩...お説教ありがとうございます」


「鼻水拭けよ」


ズルズルのドロドロの顔もそのままに先輩に笑顔を向ける。


「先輩」


「あ?」


「説教ついでに5分だけ、彼と2人にしてもらえませんか?」


「それは無理だ。あくまで試験中なんだ。また何かあったらどうする!いくらなんでもお前1人はまずい」


そりゃそうだ。

また何かあったら困るのはジンだ。


「うーん...分かりました。じゃ目つぶって耳塞いで後ろ向いて立っててもらえます?1分でいいので」


「本当...何考えてんだよ...


東条先輩はしぶしぶ私の言う通りにしてくれ、更に部屋の隅まで移動してくれた。



ジン。


私はジンの手を握り、呼吸器の外れた唇にそっとキスをした。


愛してる。

待ってる。

信じてる。


これまで何度も何度も心に浮かんでは消えを繰り返した、私の本当の気持ち。


もう怖くないよ。


ジンが少し微笑んだ気がした。