【広島・呉】レイキヒーリングティーチャー『光みつる琴』主宰  須田宏子です


私が初めて血液検査で
えっ、と気付いたのは
1993年8月の検査結果
でした。


医師の指示に
肝機能の数値が高めです
時々検査を受けて経過を
見る必要があります。



この時鉛の弾が
どーんと胸に落ちたのを
感じ顔色が変わったのが
自分でも分かった。


ここから私の肝臓病
が次第に大変な事に
なる始まりでした。


この時の結果は
GOT  43   GPT  51
この時まだそっぽ
を向き知らぬ顔


毎年この数値が
少しずつ上がった


''認めたくない''
''まだ大丈夫''
''嫌だ''   ''怖い''
こんな感情が毎日
頭を巡り病気に
向き合う事を避けて居た



母、妻、嫁、会社員
そして娘の5役を
こなしながらの
多忙な生活でした


それでも楽しく仕事もし
嫁として姑とも
楽しみ、娘として母
(当時83歳)の世話もして居た


それから4年後
1997年6月頃から急激に
数値が上昇GPT  302
GOT  181数値は3桁になる


仕事と家事の片付けが
終わり二階の部屋に上がる
階段を自分の足だけでは
上がれなくなり、両手も
使い息も絶え絶え上がる
状態になった


「もう私はこの病気
で死ねば良い、それで
いいじゃない」
そんな自暴自棄に
なって居た


流石にこれではもうダメだ
と思うようになり
かかりつけ医師の
再三の助言
「インターフェロンを
受けてみなさい」をやっと
聞き入れようと思う
に至った


なんでここまで
頑固に拒否して来たのか?


勝気、素直じゃない
人の言う事を聞かない
こんな自分の苦手な
部分がシャッターを
締めて居たのだろうか


数年にわたり、身体を
大切にせず、傷つけ
いたわってこなかった
それが結果になった


読んで頂きありがとう
ございました。
つづきます