【広島・呉】レイキヒーリングティーチャー『光みつる琴』 主宰  須田宏子です


NO1を読んで頂き
ありがとうございます


1970年後半からウィルス
非A非Bと言われていたが
1989年C型肝炎ウィルス
(HCV)が発見された


どう言う訳か呉市の
肝炎患者は全国的に
見ても多くワースト
何位かになっていた!

そして1992年:保険適応
初回のみ 最長6ヶ月の
治療制度が始まった


私は1998年5月
1回目のインターフェロン
治療  5週間の入院となる


インターフェロン
ロフェロンA900万単位
から始まり退院後は
アドバフェロン
1800万単位が続いた


受けた1日目からの
発熱  3日目からは
吐き気、食欲なし
高熱、頭痛、鬱など
副作用に耐えながら
治療受けたが、結局
ウィルスは消えず退院


その後も肝臓の状態
を悪くしないように
注射と内服薬治療が
続いた


入院中、主治医は
私の目も見ない
画面を見たまま
『まぁウィルスが
消えないので、もう
この治療はありませんよ』
と冷たい一言


回診に来ても笑顔もなく
言葉の一言も掛けては
くれない  本当に
どん底に落ちた
入院中の日記を読むと
当時の私を抱き締めて
上げたいと思う


患者は誰しも
辛くて、不安で
寂しくて、やるせない
なかなかポジティブには
慣れない


特に先の見えない時は


ドクターや看護師さん
関わってくれる人からの
一言はとても大事だ


「大丈夫だよ」とか
「体調はどう?」など
笑顔の一つでも患者に
してみれば励みになる


直したい、良くなるぞ
そんな気持ちで入院
しているのだから


私は主治医の態度が
今も心に引っかかる


副作用に耐えながら
私も笑顔になれなかった


そんな事もあり
もうインターフェロン
治療はしない
抗がん剤治療と同じ
強い副作用はもう嫌


そして2001年
インターフェロン治療が
いつでも出来
患者にあった薬が出た


2002年にはウィルスが
350、GOT GPTも下がらず
私の肝臓は肝硬変へと
悪化していった


2005年遂に2度目の
インターフェロン治療を
受けることになった


読んで頂きありがとう
ございました
つづきます