あっちもこっちもAIで騒ぎまくっている。

 私としては、便利な検索と結果をまとめてくれる道具としか思っていないし、現在もそのように便利に使っている。今までは自分で検索しまわって、その結果を自分でまとめていたが、これを全て瞬時にやってのけてくれる。効率的だし、時間短縮できてとっても効果的である。もう一つが、精度の高い音声認識であり、最初の情報要求の入力も音声で可能であり、キーボード入力の必要がないほどである。こんなに便利なのがAIであるが、世の中の騒ぎようは尋常ではない。

AIが至上最高の神様みたいな思い込みで満ち満ちている。

 AIが何でもやってくれるし、AIの出した結論は絶対間違いないと思い込んでいる。全てをAIに委ねて、人間のすることはなくなってしまうし、多くの人が失業すると不安を抱いている人達もたくさんいる。そんなことはないと私は思っている。AIはあくまで人間の使う道具であり、道具の域を出ない。どんなに優秀な道具であっても、道具は道具である。使い方次第でどうでもなるが、使う側の人間によってその結果が左右される。

AIを利用する時、最初に発信するのは人間である。

 AIをただ稼働させているだけでは何も出力されない。人間が課題を出さなければならない。その課題は人間から発出するものである。その課題をAIに入力するのも人間なのである。そして、出力された結果は「人間」の出した課題に対する一つの回答案であり、「人間」側で結果を吟味して、自分の思った通りの回答でない限り採用しないし、さらに入力した課題を修正して、より自分の考えに近い最終回答と解決策につながる結論を導き出すのである。

そのようにして出力された結論は課題を出した「人間」のものである。

 著作権も結果責任もその「人間」が負うものであり、発信源としての情報源を明確にする必要がある。情報源の明確でないAIの出した結果はクズ情報にしか過ぎない。これをAIが作り出した物として責任を不明確にしてしまうからいろいろな混乱が生じるのだと思う。AIは単独で作り出すことはしないし結果に責任を取ることもできない。そこらへんが勘違いの始まりかもしれない。AIはあらゆる人間の出した課題に対して膨大なデータを検索して分析して言葉を駆使して組み合わせ一つの結論を提示するだけである。人間の意志まで理解することはできない。意志を持っているのは人間しかない。

AIに問う前に人間にはすでにオリジナルの原案がある。

 その原案を確実に正確に表現し、実行に移すための方策を探る道具としてAIを使っているのである。その原案はまさに人間が考え出したものであり、AIにはそのオリジナルの原案はない。AIを利用するにあって、この「原案」が大切であり、この原案なしにAIを利用しても新たな情報を生み出すことはない。過去と現在に存在するデータを駆使して言葉遊びのように生み出されたものでしかない。はっきり言うと、未来を予想することはできないのである。人間は未来の解決策(原案)を作り出すことが出来る。これが重要である。

たとえ解決策(原案)を持たないでAIを使用しても、

 その結論を信用しないで、結論を実行した結果を予想することが出来る。結論が正しくても正しくなくてもである。正しくても実行できないし、正しくなくても実行しなければならない場合がある。AIに実行はできないのである。これが人間の仕事であり、AIの結論が大量に出れば出るほど人間の仕事が増えることになる。当然ながら実行の部分は今までと同じように人間がやらなければならない。フィジカル AIなども出てはいるが、あくまで決まりきった単純作業をこなすだけで、想定外の問題には対処できない。

まとめると、

 ①AIはあくまで道具である。
 ②その道具を使って出されたアウトプットは利用した人のものである。
 ③アウトプットは本人が責任を持ち情報源は明確にしなければならない。
 ④AIを使用する前に「人間」はオリジナルの原案をもつ必要がある。
 ⑤オリジナルの原案に合わない物はAIの結論であっても却下・修正
 ⑥AIに結論の内容を実行はできない。
 ⑦AIの結論を実行するのは人間である。