美里の家は、駅から歩いて一時間、一番近くの商店まで歩いて一時間という、見渡す限り田園風景の中の新興団地にあった。しかしその当時、近所でも数えるほどしか自動車を運転する主婦がいなかった中で、美里の母はいつも車に乗って美里はその助手席が指定席で、週に四日ほどの稽古ごとに母に手を引かれて行き、帰り道には隣り町のイトーヨーカドーまで母と手をつないで買い物に行くことが、いつもいつもの暮らしだった。
夕方になって小学校の授業が終わると、美里は友達との約束があるとき以外は、いつも家路を急いだ。薄暗い小学校の昇降口で下駄箱に並べてある運動靴を掴むと、靴についた校庭の砂が占い木のド駄箱とこすれて、ジャリッと音を立てた。靴の背に、母が黒マジックで書いた自分の名前を確かめると、長年良く磨き込まれて年期の入ったすのこの近くに放り投げて、心持ちよろけながら靴をはいて、つま先でとんとん床を二、三回蹴った。朱色のジャンパ!と黄色い通学帽がいかにも、田舎の子供らしく見えた。他の子供たちがやっと下駄箱に降りてきた時、
美里は高い声で「またねー、ばいばーい」と、友達に向けて手を振るが早いか、駆け出していた。
(今日はこのまま、帰りに買い物に行くって、お母さん言ってた。正門前のいつもの所で待ってるって。きっともう、お母さん待ってる)
校庭の曲がり角に焼却炉があった、近づくといつも焼けたすすの匂いがする。その両脇を飾るにしては背が高すぎるポプラの双木が、風にそよいでさらさらと音を立てた。ポプラの頂きを見上げると、雲の間に太陽の光が、まるで放射光のように、地面まで白い線を描いていた。小走りの美里が校庭の角を曲がると、正門まではきれいな小石の道が広がっていた。秋になってもう使わなくなったプールの緑色のフェンスに沿って、黄色く色づいた銀否の木が道をふちどっていた。夏休みには、娘の泳ぎが上達したか見に来る、母達の姿がここにある。正門から見える職員室棟は、コンクリート打ち放しの柱に、壁がつややかな白に塗られ、サッシの窓枠は上部が丸くゆるいアーチを描いているのが優しい表情で、いかにも小学校に似つかわしかった。正門を出ると、いつもの場所に母の乗る白い車があった。逆光で母の顔は良く見えない。
栗色のパーマ髪だけが光に浮かんで印象的に、母の存在をそれと分からせた。美里は車を見つけるといっきに走り出した。赤いランドセルに下げた飾りものが鞄にぶつかっては、鈴の音をたてた。車を生垣に寄せて母は待っていたので、美里は助手席に乗るのに、木をがさがさいわせながら、器用な身のこなしで乗り込んだ。
「ただいま」美里の口元がほつれたように笑った。母は、ゆっくりそこで待っていたふうだった。
「おかえりなさい」
母は、美里の顔色をのぞきこむように笑った。やがて車は県道へと続く道を、いつものように走り出した。
イトーヨーカドーのファミリーレストランでは、美里は常客のひとりであった。美里が注文したヨーグルトが運ばれてきた。ウェートレスの持ってきたヨーグルトは、マスクメロンを型どった陶製のずっしりとした大きな器に盛られている。なんともゴージャスな演出である。それを横目で見た母は、かすかに笑いをもらした。
「どうしたの?お母さん」
きょとんとする美里に、母はやさしく、秋絵は驚いた様子で、小柄な体を丸くして走り出てきた。
「祥子は、祥子は元気でおりますかな?」
拭き込まれて黒光りに艶々している床に膝をつき、秋絵は急きこんだ口調で言った。
それはこっちが訊きたいことだと思いながら、「はい。元気でおります」と、つい応えてしまった。
「急にお見えになったものですから、すっかり慌ててしまって申し訳ないことです。ろくなご挨拶もいたしませんで。まあ、まあ、ようおいでくださいました。さ、さ、どうぞ、こちらの奥のほうへお上がりて。さ、さ……」
秋絵は笑顔で、手をとらんばかりに体を乗り出してきた。孔志は飛びのいて後ずさった。
「ありがとうございます。後で参ります」
と言って、玄関の戸も閉めずに外へ飛び出した。秋絵の思惑など気にしている余裕はなかった。

個人的に行ったスキーでは、これまでに何度も崖から落ちたり、池に落らたけした二とかある。しかし不思議なことに、一度も大怪我はしなかった。最初の事故は、湯沢高原で起きた。下の布場スキー場に降りる葛折の山丘コースを滑ってきて、曲がり損ない、崖から落ちた。しかし,偶然二,三メートル下にあった水平二股に張り出した木に引っかかった。しかもこれまた偶然ふんわりと立ったままの姿勢で落ちちたのであるもし木がなかったら、一〇メートル以上下の道まで落ちただろう。木の上でスキーを外し,あとから来た仲間にストックで引き上げてもらった。
また蔵王で、属の深い山岳コースを滑っていた時、急に前方の大地がな.なった気がついた時は、五メートル下の雪原に叩きつけられていた。眼鏡、帽子は辺りに飛び散っていた当時のスキーは外れなかったので、流れなかった。気がつくと手袋の親指の臼け根か切れていた手袋を脱いでみると、親指の付け根の皮が少し削り取られていた。傷はそれだけだった、さらに、妙高高原だったと思うが、やはり樗の中を滑っていて、気がついたら尺地かなかりた。運が悪いことに、三メートル下は氷の張った浅い池であった。しかし姿勢か乱れていなかったので、空中で下が池であることに気がつき、急遽スキー前部を揚げ、身体をのけぞらせ、金属工ッジはないが、スキーは軽く,歩くにはまったくよいのであるが.靴か編み上けの運動靴のようで柔らかく、躁から上は頼るところがない。さらに靴の先端が固されてているだけで踵は自由に上がる。
ひとたび重心が後ろにいくと、途端に尻餅をつき、重心が前にいくと、その事皐りんのめろ踵が上がったまま力が横に働くと、スキーと足が別々な方向を向き.横のバランスもとれな(なる。これがスキーの原型であったことを思い知らされた。クロカンスキーの決定的な特徴は、スキーが細いことと、登りやすいように人キーの喪の中心部に浅い鋸の歯形の模様が刻んであることである。前には滑るが後ろには引っかかるようになっている。スキーを雪面にぺったりつけると、その効果がより出る。山登りのサークルであるので、メンバーはスキーなどほとんどやったことのないおはか.友達
が多く、家内も含めて皆七転八倒していた。おまえは少し見所があると、若い先生が山スキーを貸してくれた。靴を履、一替え,シー几を貼って踏み跡のないゲレンデを稲妻形に登っていく。登りだけは踵が上がる-うになりているので、少し重いが、快適に登れる。

ぼぎヱでウてモながっていたのである.親友同髭が集まるときには盛宴を催しご馳走を並べ、芸者は裾をなびかせ袖を窮して、舞えや歌えの大騒ぎ、騒ぎは朝まで続き、日が高く昇った.頃、温柔郷を川て家へ帰ってみれば肉や鶏を持ってくる者があり、果物や餅を贈ってくる者もある.、珠K、錦繍.占酵、珍器の類は家の中に溢れ、欲しいと思って得られぬものはない。その威光、人望、権勢は襲族も及ばぬほどであった。

愛は悲嘆のあまり、にわかに神経がおかしくなり、泣くかと思えば笑い、笑うかと思えば泣くありさま。
孟仁も同じく発狂したかのようで、.置語が錯乱し、しばしばト官といい争いをした。
ヨにある会議で暴一..口を吐き、評議の結果、精神に異常を来したとの理山で免職されてしまった。がっかりして  ニもん帰宅すると、それを聞いた妻は欝悶に堪えられず、とうとう井.戸に身を投げて死んでしまった.ド僕やド女は互いに相談し、衣装筍を盗み夜逃げする始末。山のような額の負個のために.債貌が毎U督促にやってくる。

家屋、家財道腫ハを売り払っても負償の十分の.にもならない。貧しさは洗うが姐く、食べることすらできないしのモとので、舅の家に寄出して生計を疏てようとしたが、商いもできず、職人になることもできない。居候生活は数ヵ月に及び、舅のほうでも厭わしく思いはじめ、わずかばかりの旅費を与えて故郷に帰らせた。帰路の途中.戸塚の宿で病に罹り..”ほど宿で臥せっていたが、その問に財布の金もなくなってしまった.

宿屋の益人は無情な男で、金がないとわかると孟仁の着ていた物を剥いで追い出した。
ずがつぎはぎだらけの着物を.枚身に着け、垢に汚れた布で顔を覆った孟仁は、杖に繕り、乞食をして歩いた。

箱恨の山に差し掛かる頃には、すっかり日が暮れてしまった。
宿に泊まろうにも.銭の金もなく、両足にはまめができて歩くこともままならない.路傍に木の根株があっばゐまヒのりじたので、それに寄り掛かって休息していると、向こうから濫櫻を身に纏い草靴を履いた男が、人ゆっくりとつまヒやってくる.見ていると男は石に頻いて倒れ、痛いと叫んだまま起き肚がれない。憐れに思った孟仁が助け起こしてよくよく見れば、なんと梅園仲智であった、
.配いに驚き、それぞれの顛末を語り合った。

仲智は司法省に仕え、判肇になっていた。

月日の経過とともにある局の長となり、その哉定の請密さ、明晰さによって神のように讃えられ、人々から敬慕された。そのうち新居をド谷に築いたが、その広く壮大なさまは孟仁の家に匹敵するほどであった。

ひいタある、局中の役人を引き連れ隅田川へ花見に出かけた。萬芳楼で酒を飲んだが、贔屓にしていた芸妓お梅、お桃、お杏、それから役者の市川某、尾上某、桜川某、清元某、杵屋某らがそれぞれの芸を披露し、技を競い合った。

へけなわ宴甜となった頃、人力車で駆けつけた者があった。柳橋の芸者お竹である.お竹は久しく仲智の寵愛を受けていたが、このUはたまたま招かれず、仲智がこの楼にいることを聞きつけ、数名の芸妓を連れて宴に閲入した次第。
お竹は、仲智がお梅に執心であるのを妬み、ねちねちと恨み」.口を述ぺた。仲智は笑みを浮かべ、妬みは女の常だと鷹楊に構えていた。その様’に我慢ならなくなったお竹は、大きな杯をお梅に強いるが、酒を好まぬお梅はこれを固辞する。