彼女はそろそろ彼女の人生の幕を閉じようとしていた。


その晩、かつて可愛がった子供の一人が傍らに寝るのだと言った。


子は15分置きに彼女の様子を確認し看病しました。


その晩、彼女は朦朧とした意識の中で何度も誰かに手招きをした。


誰に手招きをしていたの。。。?


かつて可愛がった、


生き甲斐ともいえる子供たちを呼んだのだろうか。。。


仲の良かった姉を、妹たちを。。


結婚して結ばれた夫を。。?


4年前、先に逝ってしまった子の一人を。。。



その晩、彼女は逝かなかった。

その晩逝くことも出来たが、もしその晩逝ってしまったら、

傍らに寝てくれた子が、その子の人生において

その晩に一瞬でも眠ってしまったことを

悔いてしまうことになると知っているから。



次の日朝が来て、夫や子供たちがお見舞いにきた

やがて日が落ちそれらは皆帰った

ほっとした

ナースステーションからこぼれる明かりが

睡眠の邪魔をした

つらかった日々を思い出させた

彼女は人生を振り返った

いや振り返るまでもなくつらかった・・・


これが人生なのか。


それでも夫に愛され、大好きな料理を皆にふるまい、

隣人に愛され、兄弟に恵まれ、友人に恵まれ

娘たちも息子たちも元気ではないか


これが人生なのか。


彼女はその晩、独りで逝った


家族ではなく感情をなくした医師たちに看取られた


彼女は苦しみは顔に出さずに

できるだけ穏やかな顔で

最後を迎えました

残された家族に対しての最後の思いやりでした


突然のお別れにもかかわらず、

多くの人が集まった

実に多くの人が悲しんだ

本当に多くの人が彼女を慕っていた事を

残された家族は思い知った



彼女は明るく、人を元気にする力を持ち、料理が得意で

おしゃれを楽しむ女性だった


彼女は強い女性だったがその強さをも保てられないほどの

圧力もあり、人知れず、幾度となく泣いた

支えるべき夫さえも彼女を苦しめた


人間はときに自分を見失い、道理から外れることがある

それは愛している人がいるからであり、

守るべき存在があるからであり、

またその逆もあり、

愛されたいからであり、

孤独な人生に耐えられないからであり、

自分の無力さに耐えられないからだ。


その犠牲になる一方の人間は、

自我を捨てる。



彼女は言う


強くなれ!

誰もが独りで生きて行くのだけれど

幸せや喜びは必ず存在するよ、と。

強くなれ!

自分のため家族のため友のため、

恩人のため

どう生きるかはあなた次第なのだよ、と。