UGGの歴史
1920年代のUGG
UGGはこの時代にオーストラリアの羊毛刈りを仕事とする人たちの間で誕生しました。 彼らは羊の毛皮で無造作に足を包み、この出来の悪いブーツを「格好悪いブーツ」を意味する「Ugly Boots」と呼んでいました。 これを古き佳きオーストラリアンたちは、徐々にスラングでUgg Bootsと言い慣わすようになったのです。
※ 現地の辞書によるとUg Boots, Ugh bootsとする表記もあるようです。
1930年代のUGG
農夫たちの間で履かれていた「UGG」は意外な所で使われるようになります。 そのきっかけは第一次世界大戦です。戦闘機のパイロットたちが上空で体を暖かく保つために、足にUGGを履いて飛び立っていったのです。 カナダの戦争博物館では現在「Fug Boots」という名前のその展示を見ることが出来ます。

1960年代のUGG
まだまだ一般的とは言えないUGGでしたが、この頃からオーストラリア西海岸にある都市パースのサーファーやスイマーたちが愛用するようになりました。 彼らは水から上がったときに足を冷やさないよう、優れた保温性のあるUGGを活用し始めたのです。
同時期にいくつかの小さな会社は手工業でのUGGの生産を開始しました。 なお、この時期のUGGは固い靴底がなく、どちらかというとソックスのようなものだったそうです。
1970年代のUGG
パースの流行からほどなくして、UGGは東海岸にあるブリスベンからシドニーのサーファーたちにも愛用されるようになります。その中の一部の人々はオフシーズンに雪山でスキーを楽しんでいましたが、彼らによってUGGは夏のビーチの熱い砂の上だけではなく、極寒の雪山にも持ち込まれるようになりました。
オーストラリアのサーファーであるブライアン・スミスという人物が、初めてUGGをアメリカへと持ち込みました。しかし、当初ニューヨークでの評判は良くなく、結局ブーツをオーストラリアへと送り返す始末でした。
それでも、カリフォルニアでサーファーたちが似たようなブーツを履いているのを見て、彼はUGGの可能性を信じ、翌年UGG Australia社を立ち上げました。そして努力の結果、アメリカでも徐々にUGGが広がりを見せるようになってきます。
1995年のUGG
カリフォルニアのサーファーの間でそのブーツが広く使用されるようになっていたUGG Australia社ですが、ブライアン・スミスはこの年、会社(Ugg Holdings, Inc.)をアメリカの巨大なフットウェアカンパニーであるデッカーズ社(Deckers Outdoor Co.)に売却します。
1999年のUGG
デッカーズ社は「UGG Australia」の名称をアメリカやヨーロッパで商標登録します。 しかし「UGG」は本来シープスキンブーツの総称であるため、その後オーストラリアにある他のUGGメーカーと多くの訴訟が発生することになりました。
2003年のUGG
UGGはとてもファッショナブルものへとイメージチェンジに成功します。 ハリウッド女優のケイト・ハドソンやシエナ・ミラーらが履いたことで一躍注目を集め、アメリカ国内で大流行します。その後キャメロン・ディアス、パリス・ヒルトン、ジェシカ・シンプソン、アヴリル・ラヴィーンなど数多くの有名人が着用しました。(詳しくはUGGとセレブをご覧ください)

2005年のUGG
UGGの世界的な人気の拡大を受けて、UGG Australiaのデッカーズ社は生産拠点を中国に移し大量生産に踏み切ります。 また一部のオーストラリアメーカーも海外進出を果たしました。
2006年以降のUGG
日本でもUGGが流行し表参道ヒルズにUGG Australiaブランドの直営店が出現しました。 梨花さんが愛用していたことでも有名になりましたね。その後、アジア、ヨーロッパなどでも人気に火が付き、 現在ではファッション性と実用性を兼ね備えた秋冬の定番フットウェアとして世界中で定着しています。

