キー局はよみうりテレビ系、日曜日19時半~20時という、今の時代であれば尚更に微妙な時間帯での本放送だった「超人バロム・1」は、裏番組として「カルピスまんが劇場」の一端「ムーミン」があったことも災いし、当時の視聴率こそさほど良いとは言えませんでしたが、原作のコンセプトでもあった
 
「変身要員が成人男性でなく、相対する長所と短所を持ち合わせた二人の少年」
「極端なまでに強調した美醜の衝突をシフトした善と悪の攻防戦」
 
が、特に未就学の幼児層を中心に迅速な浸透を果たし、一文字隼人編より大ブレイクを果たした「仮面ライダー」以上に明るく楽しいカラーを打ち出していました。
 
 本作が各児童向けテレビ誌でコミカライズされていたことも決して不思議な現象ではないわけで、さいとう先生ご自身による2回きりのエピソードが「テレビマガジン」に掲載されたほか、あの「夏子の酒」で有名な尾瀬あきら先生松本めぐむ名義でコミカルにアレンジされた同誌の後継と「テレビランド」版が存在していますが、現時点での復刻はなされておらず、知名度も高くありません。
 
 そんな中、当時真っ向より分かれていた小学館及び講談社の中立的なポジションとして各番組の情報提供を担っていた秋田書店刊の「冒険王」では、「白獅子仮面」 「闘え!!ドラゴン」などのコアな類まで手掛けられて評判を高く保っていた故・古城武司先生担当の一本が大きな話題を呼んでいました。
 
 そこで予告通り今回は、幻の古城版「超人バロム・1」をご紹介いたします。
 
 
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 さいとう先生の如何にも劇画調の濃厚なタッチと異なり、古城先生のそれ、は当時の他の作家陣、他の作品群に違わず、正統派の少年漫画スタンス。
 オリジナルからのファンとしては大きな違和感があったようですが、テレビ誌としての再出発からさほど間のなかった「冒険王」の愛読者層としては全くのノープロブレムでした。
 
 同時期にしばしば姉妹作として扱われることの多かった「変身忍者嵐」も、石森プロダイナミックプロの二社を常々渡り合われていた故・石川賢先生コミカライズが、同誌上で掲載されており、共に後々少年サンデーコミックスから単行本刊行の日の目を見ることになります。
 無論、主任は、「~外伝」と補足され、大都社よりリリースされた愛蔵版を所持していますが、これに関しては石ノ森オリジナル版ともども、またの機会のご紹介ということで<m(__)m>
 
 
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 何分、「コミカライズ」なだけに、特に古城版はTVドラマの展開を踏襲した、極めて忠実なストーリー運行が為されていますが、ただただなぞるばかりでは送り手も、そして受け手にしても、心底から面白いと言い難い。
 その点はやはりプロ、対象年齢層を意識したコミカルカラーや、二体以上の魔人が提携して行う作戦、そうかと思えばオリジナルを凌駕するまでの強烈なホラー編など巧みに飽きさせない工夫が凝らされており、変身ヒーローものという枠組みさえ鼻につかなければ大人が読んでも十分楽しめます。
 
 主任イチオシは「毒トゲ魔人トゲゲルゲ」
 TVと大幅にかけ離れたトゲゲルゲのデザインや行動はともかく、盲目の一人娘を救うべく自らの手を汚す凶悪犯と、父を悪人と承知で警察や超人を欺く薄倖の少女の親子愛を描いた悲劇性の強いオリジナルエピソードで、主任も読みながら涙ボロボロ(^_^;)
 予期せぬTV特撮化に度肝を抜かれたというさいとう先生ですが、古城先生のこの一本にもさぞかし深いご感銘を抱かれたのではないでしょうか。
 
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 幾度もの既述ですが、原作劇画の段階で受け手の対象年齢層をぐっと下げ、単純明快さの優先された「バロム・1」。
 解りやすくてなんぼ、怪人が出てきてなんぼ、というのは今の世では必ずしも通用しない構図ですが、それをしても大人になったファン層の購読に耐えうるだけの世界観が築かれている当コミカライズは、正に古城御大という「分岐点」あってこその質の高さであったと言えるでしょう。
 惜しむらくは故人が生前、ご自分の作風に対して強いプライドに常々駆られておられたのか、殆どの原稿が後さえ残さず廃棄されていたということ。
 マンガショップ社による今回の復刻にしても、旧少年サンデーコミックシリーズでは未収録だった「最終回」の発掘と掲載こそかなったものの、他にも数本のエピソードがあったそうで、それらが半永久的に読めないのはやはりつらいところです。
 
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 昨今、特撮やアニメに限らず、昔の作品やキャラクターがリメイク、リニューアルされることが少なくありません。
 しかししてその殆どは送り手側の「俺ならこうする○○○」のような極めて安直にして、リスペクトのかけらさえ見受けられない、見た目だけきれいな「劣化品」。
 単なる「他人のふんどしで相撲を取っ」ているのに過ぎないのです。
 
 けれど本作におけるようなコミカライズは全く違う。
 古城先生なりに研究され、具現化されたヒーロー像がなければ、何よりもバロム・1に対する深い愛がなければ、強い復刻の望まれることもまた皆無であったはず。
 飽くまで子供を対象としながら、その子供が成長してもなお尊ばれる。
 そのすべてのエッセンスがこの古城版「超人バロム・1」には、所狭しとこめられ、まばゆい光を放ち続けているといっても過言ではないでしょう。
 
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