本当はこの内容の記事を書きたくなかった。

逆であってほしかった。


本日4日午後、元日本代表DFでJFLの松本山雅FCに所属していた松田直樹選手が、急性心筋梗塞の為亡くなりました。

34歳。あまりにも早過ぎる死でした。


アトランタ、シドニーと、五輪2大会に出場。そして2002年のWC日韓大会では、宮本恒靖、中田浩二とフラット3を形成し、4試合フルで最終ラインを支え続けてきました。

Jリーグでも2003年と2004年に横浜Fマリノスが岡田政権下でJリーグを連覇した時は、中澤佑二、栗原勇蔵と最終ラインを形成し、強固な守備ブロックを誇りました。

日本サッカー界の栄光の足跡には、必ず松田直樹という男が存在しました。


勝ちに飢えていた男でした。飢えすぎていた故に、熱くなってレッドカード貰ったり、時には監督やコーチにも噛みついたりしました。

WCでのロシア戦。

ハーフタイムに当時日本代表のコーチだった山本昌邦さんと意見が食い違って激しい口論になったそうです。

表現の仕方は上手では無かったかもしれない。

でも勝利の為には妥協を一切しない男でした。

たとえ相手チームのサポーターに嫌われようとも…。


そんな反面ピッチの外ではチームメイトにちょっかいかけたり、ふざけて野次飛ばしたりしてた奴でした。

日韓WC前の激励会では昼間からベロベロに酔っ払いながらヒデとか当時の指揮官トルシエをプールに突き落としてたりして…。

そんなマツも去年マリノスをクビになってしまった。

最後の試合、日産スタジアムで涙ながらマリノスサポーターに叫んだ
「俺サッカー好きなんすよ!サッカー続けたいっす!」
という言葉がすごく刺さりました。

そして今シーズン、JFLの松本山雅FCに加入。
J2昇格を目指すチームの原動力としてプレーしていたその矢先での訃報でした。

さっきまで「6月の勝利の歌を忘れない」を見ていたせいか、マツがこの世を去った実感が全くわきません。

でも、マツはもうこの世にはいないんです。

彼の事実上生涯最後のWCでの試合となった9年前のトルコ戦を会場で見られた事、そして日本サッカー界の栄光と共に歩んだ松田直樹という偉大なるDFのプレーを見られた事が、いちサッカーファンであり、学生時代プレーヤーであった俺の誇りです。

本当にありがとうございました。


ご冥福をお祈り致します。


ありがとう、マツ…。