朝日デジタル2018年8月31日05時00分
河目悌二が描いたとみられる「関東大震災朝鮮人虐殺スケッチ」の前に立つ新井勝紘館長=東京都新宿区の高麗博物館
1923年の関東大震災から95年となる9月1日、東京都墨田区で朝鮮人犠牲者の追悼式典が開かれる。小池百合子・東京都知事は、歴代知事が寄せてきた式典への追悼文送付を昨年中止し、今年も再開しないと通告した。これに対し、朝鮮人虐殺について改めて学ぶ動きも出ている。
追悼文の送付が始まったのは1974年のことだ。
関東大震災50年の73年に向けて、「暴動を起こした」というデマで殺された朝鮮人犠牲者らの記録を残そうとの機運が高まり、証言集めや追悼碑の建立が進められた。取り組みの協力者には、当時の美濃部亮吉知事や都議会全会派が名を連ね、碑は73年9月、墨田区の横網町公園に建立された。
翌年から始まった追悼式典に、美濃部知事は「51年前のむごい行為は、いまなお私たちの良心を鋭く刺します」と追悼のメッセージを寄せた。
以来、歴代知事は毎年追悼の文章やメッセージを寄せてきた。小池知事も就任1年目は追悼文を送った。しかし、昨年8月、「全ての方々への法要を行いたいという意味から、特別な形での追悼文は控える」と中止した。
政府の中央防災会議の報告書では、朝鮮人殺害について「虐殺という表現が妥当する例が多かった」としているが、小池知事は虐殺の有無について、「様々な見方がある」とあいまいな発言を繰り返す。今年8月の会見でも「事実から目をそらすとの指摘もある」との質問に対し、「大震災で亡くなった方、それに続いて様々な事情で犠牲になられた方を、むしろ区別しないで慰霊する気持ちをまとめている」と回答を避けている。
■歴史、改めて学ぶ動き
改めて歴史を伝える動きもある。東京都新宿区のNPO法人「高麗博物館」は、画家や小学生が描いた虐殺場面とみられる絵の企画展を開いている。童画家の河目悌二(かわめていじ)が描いたとされる「関東大震災朝鮮人虐殺スケッチ」には、河川敷で殴られる人、血を流して横たわる人、軍人や警察官らしい人が多数描かれる。日本画家・萱原白洞(かやはらはくどう)の絵巻「東都大震災過眼録」は、後ろ手にしばられた男女に棒で暴行を加える群衆を描く。
(星秋の注解:軍人や警官は不慮の殺しの発生を懸念して社会を取り締まったのが事実であり、彼らが率先して虐殺に加担すると云うことなどは決してない.この点からしても絵巻というものがいかがわしいものである事が明らかである.
更に朝鮮人女性に対する殺しは一件もない)
いずれも、新井勝紘館長(74)が国立歴史民俗博物館(歴博、千葉県佐倉市)に勤めていた時に入手した。新井さんは遺族らに確認し、作者2人が地震後、震災の絵を描いていたという証言も得た。ただ、歴博で展示されたことはなく、高麗博物館が今回、複製を展示することにした。
新井さんは、小池知事の追悼文中止について「虐殺の歴史に目をつぶることになりかねない」と思ったという。そんな時、「収蔵館が公開しない作品を、小さなNPOの博物館が展示する意味はある」と言う。
企画展では当時小学4年生が描いた絵も展示した。芋畑に逃げ込む人を、大勢の人々が取り囲んで暴行を加えている。新井さんは「どの絵も、記録しなければと突き動かされるように描いたものだと思う。過去にふたをせず歴史と向き合いたい」と語る。
(編集委員・北野隆一)
解説:
動物が攻撃的になる場合、怖がってそうするのであり、防御反応だ.
趣味や憎しみで計画的に殺しをするのは人間だけである.
しかし、関東大震災のとき、日本人による朝鮮人に対する過剰防御として何件かの殺しがあったのは事実だが防御反応であり、計画的大量虐殺ではない.日本人が防御反応を起こすに足るような朝鮮人たちの所業が普段あったからである.
朝鮮人に対する計画的大量殺戮は詐欺師が絵に書いて展覧するだけで、映像は一つもない.