123.緊張と弛緩の循環

・紛争的な心理から来る諸計算と感情、そしてこれに互いの暴力的強度が絡んで相互干渉的に循環をする。実際、相手が弱ければ、強者の持つ、正当な-(ということは残忍癖、不安、強欲、など、が排除された状態の)-感情はせいぜいが「小癪な・・」という程度のもので有り得るのだが、相手の脅威が増大するにつれて恐怖と闘争心が挑発されて出てくる.この気持ちがさらに暴力準備へと人々を突き動かす。色々な戦争理由はもうきっかけであるか、付け足しであり、盲目的な国家自我同士が激突をする。(戦争の為の戦争だ)

・我々に対して経済的な繁栄が永久に保障されていることが証明できれば(その証明過程に暴力が一役買っていない限りにおいて)我々は暴力を放棄できるかもしれない.しかし繁栄と社会的健康とを両立させることはとても難しい.繁栄は我々に倦怠と怠惰を強要する。刺激と快楽の浪費が生命の退化を、したがってまた経済の繁栄を維持するための力量の衰弱、道徳の崩壊というサイクルを辿って再び我々に規律と国家暴力の鍛錬に対する希求を呼び起こす(要するに、もう一丁暴れたくなるのだ)

実際、繁栄が腐敗を伴わないで続くものとも思われない.繁栄は新しい(その実は古臭い)堕落を作り出す。賄賂・汚職が定着する。政治家はまるで阿呆みたいなのではなくて、本物の阿呆ばかりが出てくる.