100.イラク攻撃12
➡乱暴者や、やくざの類が戦場ではしばしば意外な弱卒と化す―そのように、フセインもまた日ごろの大言にも似ず、さしたる戦闘もしないまま簡単に蒸発してしまった。有名なフセインの親衛師団も匆々に軍服を脱いで砂漠の驟雨のようにどこかに消え失せてしまった。イラクの人々はアメリカに食べ物をよこせ、着るものをよこせ、そのあとはイラクから出て行けと喚いている。イラクの文化財は当のイラク人によって根こそぎ略奪されてしまったが、それを反省することもなく、一方的に、アメリカがイラクの文化財を軽く見たために略奪されたのだと言い立てている。このような気の毒な人々が果たして将来自主統治への道を歩みだせるのであろうか。
あてがわれ、飼い馴らされた者共にIdentityがもたらされる可能性はない。イラクやサウジの戦う者達の中から彼等のIdentityが出てくるであろう。それらの者達が自ら体制を習得して、自分達の石油を自分達で処理するに到ったときに始めて本当のイラクが始まるであろう。
➡アメリカは今回のイラク攻撃を「衝撃と畏怖作戦」と呼んだ。なるほどこれを見てリビアは核兵器開発を放棄し、その替りに国連によって経済制裁を解除してもらった。イランもまたイラクを主たる標的としていた核武装を中止するといっている。
一方で「アラーの神に対する悪魔としての欧米」という信仰が、過去におけるもろもろの暴力と西欧文明による凌辱と流血の記憶を曳き摺るアラブイスラム人たちの間にじわりと燃え広がりつつある。
イスラム原理主義教徒たちに対しては悪魔を殲滅した後に永遠の生命が与えられるから死を恐れる必要はまったくない。彼らのレジスタンステロは執拗で恐ろしいものになりつつある。
こうした事情をみると「衝撃と畏怖作戦」が、実は「破壊と恐怖作戦」であったことになる可能性が高い。
➡戦後のイラクで毎日のように行われているアメリカ軍や対米関係者への自爆テロが、もし「宗教的に世俗主義のイラク人」によるものであるならば、これはイラク人がアメリカに対して持つ所の怨念は容易ならざるものであると言う感じを禁じえない。
➡イスラム教の経典である「コーラン」によるとイスラム教の対異教徒に関する基本は
a.イスラム教の優越と支配下に服する異教徒は許す
b.イスラム教に対して従属しない異教徒は、イスラム教に改宗しない限り殺す
というものであるという。
(池内恵~「アラブ政治の今を読む」~中央公論社~;04.2.25の205ページ参照)
もしこの教義がイスラム教徒の現実であり続けるならば、嘗て共産主義者達が「共産党員にあらずば人間にあらず」といって自由社会に対して侵略的に挑戦してきた時に異ならず、決着が付くまで戦いが打ち続くことになるであろう。
実際、イスラエルもパレスチナも、単に彼等の住む土地を巡って争っているのだが、結果としては、アメリカによるイスラエルへのてこ入れによって、イスラエル対パレスチナ間の戦争は、より包括的なキリスト教対イスラム教間の代理戦争の様相を呈してきている。
暴力的になりやすいイスラム教徒の性質はこの宗教の戦闘的排他的な教義によるものであり、この教義は資源の少ない砂漠の中で発生した
*地域暴力紛争や人種間暴力紛争のうちイスラム教徒間の内部暴力紛争又はイスラム教と別の教徒との間の暴力紛争が40~60%を占めている(計測する年代により、このパーセンテージの間の色々な数値を取る)(S・ハンチントン「文明の衝突」~集英社)
*その、かかわる紛争において暴力を行使する割合は、
中国76.9%
イスラム教徒53.5%
旧ソ連28.5%
アメリカ17.9%
イギリス11.5%
となっている